【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 前編 18
宝大王の死と百済援軍という重大問題を抱えた政府は、ここに来て再び飛鳥派と難波派の対立という事態を迎えていた。
しかし、今回は飛鳥派と難波派の対立というよりは、中大兄と群臣の対立といった方がよい。
中大兄は、大兄として15年近く、ようやくにして大王になれるところまで来ていた。
今回は対立候補になりそうな人材も、割って入りそうな人物もいない。
彼はこの機会に大王となり、百済復興を成功させれば、半島と国内の渡来人への影響力を強めることができ、そうすれば難波派だけでなく、飛鳥派の群臣の煩い小言を聞かずに済み、自分の思った通りの政策が実行できると考えていた。
これに対して、中臣鎌子を中心とする難波派は、もちろん警戒を強めていた。
そして難波派だけでなく、飛鳥派の中にも中大兄の大王即位を時期尚早と見る動きがあった。
特に赤兄は、この時点で中大兄が即位することは得策ではないと考えていた。
彼が一番恐れていたのは、百済援軍の失敗である。
―― ここは一先ず、誰か他の人に大王位に就いてもらい、折り合いを見て譲ってもらうのが良かろう。
しかし、そんな適当な人材がいようか?
中大兄の弟君、大海人(おおあまの)皇子(みこ)は如何だろうか?
いや、兄を追い越して弟を大王にすれば、今度ばかりは中大兄も黙っていないだろう。
他に適当な人材は………………いた!
軽大王(かるのおおきみ)の大后(おおきさき)、間人皇女(はしひとのひめみこ)である!
前大后の即位は、既に何度も経験済みである。
しかも、間人皇女は以前に難波派が大王候補に名前を挙げたことのある人物だ。
難波派からも文句は出ないだろう。
中大兄も事情を話せば了承してくれるはずだ………………
赤兄は、早速、間人皇女や難波派との水面下の交渉に入った。