ヒトの腸に宿る細菌
はじめに
健康のための「腸活」に関する記事をよく読むのですが、食事を替え、運動、マッサージ、さらには瞑想をして腸内フローラ(腸内の細菌)を整えるのがよいと書いてあります。何に対してそれらがなぜよいのか理由がよくわかりませんでした。まずは、腸内細菌から学ぶ必要があると考えています。
ちなみにフローラ(お花畑)とは、いろいろな腸内細菌がお花畑のように密集しているからその名前が付いたそうです。
腸内細菌とは
腸内細菌は、ヒトや動物の腸の内部に生息している細菌のことで、ヒトでは、細菌の種類は500~1000とも約3万とも言われています。概数についても大腸に40兆、小腸に1兆、100兆、1000兆[3]と諸説があります。総重量は1.5kg-2kgと推計されています[1]。
ヒトの腸に宿る細菌がヒトの生命の維持に必要で、その腸内細菌がもつDNAが多くの酵素を作っています。したがって、腸内細菌はヒトの臓器ともいわれています。ヒトは自分の体だけで生きているのではなく、腸内細菌によっても生かされているのです。さらに、腸内細菌は、宿り主であるヒトと、そして細菌同士で共生しています。ヒトを活かすために存在する腸内細菌の存在の目的とか意義を考えると感慨深いものがあります。
腸内細菌には善玉菌、悪玉菌、日和見菌の3種類があります。それぞれの働きと具体的な菌を示します[4]。
善玉菌: 短鎖脂肪酸(乳酸、酢酸など)を産生し、腸内環境を適度な酸性に保ちます。
・ビフィズス菌
・乳酸菌など
悪玉菌: 有害な代謝産物(アンモニアなど)を生成し、腸内環境をアルカリ性にします。
・一部の大腸菌株(大半の大腸菌は無害)
・クロストリジウム
・ディフィシルなど
日和見菌: 常在菌ですが、宿主の免疫力が低下すると病原性を示します。
・バクテロイデス
・大腸菌(無毒株)
・クレブシエラ菌など
腸内細菌 の働き
・病原体の侵入を防ぎ排除します。
・食物繊維を消化し短鎖脂肪酸を産生します。
・ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンK、葉酸、パントテン酸、ビオチンなどのビタミン類の生成します。
・ドーパミンやセロトニンを合成します※
・腸内細菌と腸粘膜細胞とで免疫力の約70%を作り出しています。
※腸内細菌のWikipedia日本語版(腸内細菌がセロトニンを合成する)には間違いがあるようです。セロトニンは、小腸のクロム親和細胞(EC細胞)が生成するとの記事が別にあります[2]。また、この小腸で作られるセロトニンは脳には運ばれることはないとのことです[3]。
腸内細菌との付き合いに注意が必要
腸管以外の場所に腸内細菌が移行した場合や、抗生物質の使用により腸内細菌叢のバランスが崩れた場合、病気の原因となる恐れがあります。
また、腸内細菌のバランスが崩れると、脳、心臓、関節など、一見腸とは関係がないように見える様々な臓器や部位に影響を及ぼす可能性があり、ひいては寿命にも大きな影響を及ぼすと言われています。
まとめると、
・腸の調子が悪いと、免疫機能が低下し、病気にかかりやすくなります。
・これは腸内細菌(善玉菌、悪玉菌、日和見菌)のバランスが適切に維持されていないためです。
・腸内細菌によいのは、豆由来の食物繊維[5]。すなわち腸内細菌によい食事(エサ)を与える必要があります。
コラム1
100歳を超える高齢者が持っている腸内細菌について紹介します。長寿菌として知られる善玉菌は、長生きしている高齢者の腸内に多く存在します。これらの長寿菌は、健康寿命を伸ばす働きを持っています。代表的な長寿菌は以下の6つです[6]。
乳酸菌: 発酵によって糖から乳酸をつくる微生物で、腸内の悪玉菌の繁殖を抑え、腸内環境を整える役割を果たします。ヨーグルトやチーズ、漬け物、日本酒、キムチなどに含まれています。
ビフィズス菌
人や動物の腸内に存在する善玉菌で、乳酸菌の100倍程度の量が腸内にあります。整腸作用に加え、病原菌の感染や腐敗物を生成する菌の増殖を抑えます。ヨーグルトに多く含まれています。
酪酸菌
腸内を弱酸性にする酪酸を生み出す腸内細菌で、悪玉菌の発育を抑制し、乳酸菌やビフィズス菌が育ちやすい環境を整えます。ぬか漬けや納豆に含まれています。
アッカーマンシア・ムシニフィラ
肥満や糖尿病と深く関係がある腸内細菌で、太りやすい体質の方はこの微生物が少ない可能性があります。腸の内側を覆うムチンという物質を栄養源として繁殖します。
大便桿菌
腸内で酪酸を産み出す働きをする酪酸産生菌のひとつで、長寿菌として注目されています。
ラクノスピラ
腸内で酪酸菌を産み出す細菌のひとつで、健康な腸内フローラを整えるために欠かせない細菌です。
これらの長寿菌を活性化させることで、健康寿命を延ばすことが可能とのことです。
コラム2
医師が語る腸内フローラ[7] の記事を抜粋します。興味深いことが書かれています。詳しい内容にご興味のある方は、[7]をお読みください。
・腸内フローラは母からの贈り物。
・痩せ菌は増えないので、今いる菌のエサを替えることを推奨。食物繊維とオリゴ糖が減量に効くらしい。
・腸内細菌(種類、数)に個人差があるように、食べるヨーグルトの種類とその効果にも個人差がある。
・子供は離乳期にいろいろな細菌に触れるのがよい。
・腸内細菌が産出する神経伝達物質が迷走神経に影響を与える。
・抗菌薬(抗生物質)により腸内フローラ(善玉菌も含めすべての菌)がぼろぼろになる。
・糞便移植(肛門から挿入)はその方法に問題があり(感染症などの病気を移すなど)、今はあまり行われていないが、動物実験では腸内細菌を替える効果がある。
コラム3
瞑想すると免疫力があがるという研究があります。瞑想により腸内細菌の構成が変わるからだそうです。[8]によると、チベットの僧侶の腸内細菌を近隣住民のグループとして比較した研究があり、その研究ではプレボテラ属の細菌は僧侶の腸内細菌の42.35%を占め、瞑想を行わない対照群では29.15%だったと紹介しています。さらに、これらの細菌は、うつ病のリスクを減少させたり、脳の報酬反応に影響を与えたりします。瞑想は、腸のバリアを維持し、免疫反応を調節する代謝経路を確立させていたとのことです。
その論文[9]のサマリーによると
属の濃縮: 属レベルでは、プレボテラ属とバクテロイデス属が瞑想グループで大幅に濃縮されました。 さらに、2 つの有益な細菌属 (メガモナス属とフェカリバクテリウム属) も瞑想グループで大幅に増加しました。
との記述があるため、各属を調べてみました。
プレボテラ属: ヒトの腸内で優勢な常在細菌で、食物繊維の発酵や短鎖脂肪酸の産生に関与。健常者ではPrevotella abundanceが高く、うつ病患者や自閉症児では低下していることが報告されています。
バクテロイデス属: 腸内で優勢な細菌で、多糖類の分解や短鎖脂肪酸の産生に関与。Bacteroides uniformisは、過食やストレス行動を改善する可能性が示唆されています。
メガモナス属: 常在嫌気性細菌で、認知機能や気分と関連があると報告されています。
フェカリバクテリウム属: ブチル酸を産生する健胃性の常在細菌で、抗炎症作用があり、腸管バリア機能を高める。便中のFaecalibacterium prausnitziiは健康との関連が指摘されており、不安障害患者では減少していると報告されています。
この研究論は瞑想者に豊富に見られたこれらの菌種は、うつ病や不安、自閉症などの精神疾患のリスク低下、腸管免疫機能の向上などの可能性があると結論づけています。瞑想だけがこのような細菌を増やしたのかどうかはさだかではないと思いますが(食事、修行。。。などなども関係がある?)、瞑想と腸内細菌には関係がありそうです。
参考資料
[1]腸内細菌 - Wikipedia
[2]クロム親和性細胞 - Wikipedia
[3]セロトニン - Wikipedia
[4]腸内細菌叢(腸内フローラ)とは | 健康長寿ネット (tyojyu.or.jp)
[5]“腸内細菌”研究の最前線!筋力、肥満、睡眠、長寿まで…体の健康を支配する!? - サイエンスZERO - NHK
[6]長寿菌とは?長生きする人が持っている6つの腸内細菌を解説 - 健康寿命ポータル (kyotanishokai.co.jp)
[7]腸内フローラについて現役医師が研究の最前線を解説 | KINLABMEDIA ~腸内フローラと乳酸菌で生活の質を上げる~ | KINLABMEDIA ~腸内フローラと乳酸菌で生活の質を上げる~ (kobe-nishishimin-hospi.jp)
[8]瞑想と腸内環境(細菌叢) – さくだ内科クリニックの院長ブログ (sakuda-clinic.com)
[9]Sun Y, Ju P, Xue T, Ali U, Cui D, Chen J. Alteration of faecal microbiota balance related to long-term deep meditation. Gen Psychiatr. 2023;36(1):e100893. Published 2023 Jan 3. doi:10.1136/gpsych-2022-100893
Alteration of faecal microbiota balance related to long-term deep meditation (bmj.com)
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Rev.1.0 2024.5.5 初版