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あのひとを捜すかもしれない
もし認知症になるのなら、ごはんを食べたばかりなのに「ごはんを食べさせてもらえない」と言うのではなく、ごはんを食べさせてもらってなくても「ごはんおいしかった」って言っちゃうような、そんなおばあちゃんになりたいと、思っていた。
そんな私は、あるおばあちゃんとの遭遇によって、ちょっと気が変わった。
「通帳がない」おばあちゃん
市役所で出会ったそのおばあちゃんは「通帳がない」「通帳がなくなった」と言って、困っていた。
とりあえず市役所の受付のところへ、そのおばあちゃんを連れて行って、事情を話してみた。
市役所の人はおばあちゃんに、まず名前を訊いた。
そして、住所を訊いた。
それから、福祉課だかどこかに内線で電話をかけた。
「○○さんという方が、通帳をなくしたって言って、受付に来ているんですが・・・住所は△△です」
「はい、はい、あ、そうですか。」「わかりました」
市役所の人がニコニコして、おばあちゃんに話し出した。
「○○さん、大丈夫、通帳は心配ないですよ」
「おうちへ帰りましょうね、ひとりで帰れますか?」
おばあちゃんは、ひとりで帰れると言って、帰っていった。
見守り対象者
そのおばあちゃんは、認知症で「あれがない、これがない」と言っては、しょっちゅう市役所に来ている常連さんだった。
通帳は、よくなくなる、らしかった。
でも本当は、家族の人が後見人になっていて、おばあちゃんのお金は家族の人が管理していることを、市役所の担当課が把握していた。
おばあちゃんの通帳は、あったとしても使えないものになっていたのだ。
このおばあちゃんは「見守り対象者」だった。
だから市役所で、この人には「安心して帰るように言えば大丈夫」だと、すぐに事情がわかって、接したらしかった。
私は何をさがすだろう?
このおばあちゃんのことがあって、私はちょっと考えてしまった。
私がボケたら、何を捜すだろうか?と・・・
通帳ならまだよい、だけど・・・
「あのひとがまだ帰って来ないの・・・」を、やらかしてしまったら、どうしよう・・・
それが夫なら、死んじゃった夫さんを捜しているのね、で済むから、まだよいけれど・・・
認知症になっても、昔のことは、わりと覚えているらしいという話も聞く。
胸の奥深くにしまってある、大切な記憶が出てきちゃうかもしれない。
そうなると、身に覚えがあるだけに、心配になってくる。
もしも、あのひとの名前を、口走ってしまったらどうしよう・・・
夫も、あのひとも、今はもういないけれど。
まあ、認知症になっちゃえば、自分ではわからないだろうから、気にしてもはじまらないけど、娘たちは困るだろうな・・・
認知症になるのは、こわいなぁ。
ちなみに、もし他にも出てきちゃったら、もう知らない・・・