電脳虚構#7|善意の都市(上)
Chapter.1 気配
残業で遅くなり、早足で駅からマンションまで帰る。
今日もまた背中に視線を感じる、きっと誰かにつけられているのだ。
家のドアの前。コンビニの袋がぶら下がっている。
まただ・・。
袋の中は、野菜ジュースとサラダ、解凍されてびしゃびしゃになった冷凍フルーツ、つぶれかけたシュークリーム。今日は栄養ドリンクまで入っていた。
そしていつものように、チラシの端をちぎったような、手紙とは到底いえないメモが入っていた。
と、かすれた緑のマジックの汚い文字が不気味に書き殴られていた。
そもそもここはオートロック。かなりセキュリティもしっかりしている。
同じマンションの住人なのだろうか・・考えるだけで気持ちがわるい。
この不穏な差し入れは食べるどころか、家の中に持ち込むのさえイヤだ。
まわりの状況を注意ぶかく確認しながら、マンションのゴミ捨て場に持っていく。
最近はこんなことが週に何度もある。
ふぅ、と一息。家に入り、鍵をかけチェーンロックをかける。
着替えをして、洗顔、、お風呂にお湯をためる。
陽気なバラエティ番組を大音量でかけ、大声で笑ってみるが、背中に感じる冷たい汗はひくことはなかった。
・・・カタン
玄関の方で物音がした。
恐るおそるそっちをみると、チラシをちぎった「あの紙」がドアの隙間に挟まっていた。
その夜から、ストーカー行為はひどくなるばかりだった。
実際に目の前にあらわれるわけでないが、確実にその気配は強くなり、行為もエスカレートしていく一方だった。
ある日、家に帰るとドアの前に、グチャグチャにぶちまけられた大量のコンビニのスイーツやアイスが捨ててあった。
そしていつものメモには
と、書いてあった。
またある日は、ベランダの柵に犬の死骸がぶら下がっていた。
もう・・頭がおかしくなりそうだった。
さすがに警察に相談したが、ストーカーは姿をあらわさないし、まだ実害はない。事件として対応することはできないと、まともに相手にしてくれなかった。
実害があってからでは遅いと、すぐに引っ越しを決意した。
Chapter.2 未来都市へ
不動産屋さんに、ストーカー被害のことを相談したら【とあるサイト】を教えてくれた。
「これはね、政府が実験的に建設中の街でね。
そこに住む人、いわゆるモニターを募ってるんですよ。」
サイトをみながら、いろいろ説明してくれた。
この街の住人は、ある特殊なチップを埋め込まれそこに住むことになる。
そのチップは「生体チップ」と呼ばれ、個人の認証、行政のサービス、健康管理、脳波や生体反応や、記憶のスキャンと最先端の技術を用いたものらしい。
世界が注目する「未来都市」のモデルケースを目指しているという。
この計画ではそのチップの運用実験だけじゃなく、大きな実験の目的があり、それは
「犯罪のない街へ」
このチップは脳波を常にスキャンして、政府のサーバーと連動している。
その人間の行動パターンや、精神分析など脳波の状態を24時間解析を行う。
この解析結果を利用して、ある実験が行われている。
例えば、あるお店で学生が万引きをしようとする。
脳波がその「悪意」を検知して、脳に特殊な微弱の電気を送る。
そうすることで万引きの衝動、その「悪意」を無効にしてしまう。
また、どちらかの「浮気」がバレて、カップルがケンカをしている。
逆上し「殺してやる!」と、包丁に手をかけようとしたそのとき、チップが「悪意」を検知する。
それで感情と行動にブレーキがかかるということだ。
このシステムは「あらゆる悪意」その脳波のパターンを正確に検知する。
それを街全体で運用すれば、まさしく「犯罪のない街」が作れる。
この実験に成功すれば、いずれこの国から・・そして世界から「悪意」が消える。
今回はその大規模計画のモニターの募集だった。
街の規模は1万人ほどで、生体チップで認証された者以外の出入りは禁止。
いまストーカー被害にあっている私には、これ以上の好都合な話はなかった。
検討するまでもなく、ふたつ返事で申請を出した。
さまざまな規約の承認、身体検査、面会での聞き取り調査があり、手続きはとても厳重だった。
それだけに、この街のセキュリティに確証がもてたことが何よりの安心材料だった。
懸念していた「生体チップ」の埋め込みや、認証作業はこちらがあっけにとられるほどにスムーズに行われた。
それから半月ほどで、引っ越しの日程がきまった。
その期間は不思議なほど、ストーカーの気配は感じなかったが「安全を約束された新しい生活」が待ち遠しく、気にすることはなかった。
街の場所は非公開。引っ越し当日は行政の車が迎えにきた。
窓にはスモークがはられ、外の景色はわからなかった。
数時間、車に揺られ、到着したと声がかかった。
Chapter.3 約束された街
車から降りでみると、普通の街の景観に少し拍子抜けをした。
「未来都市計画」というウタイ文句に、期待していた自分がいたらしい。
家に案内されると、見た目は普通のマンションだった。
チップによる認証で、オートロックが自動解除。
部屋の電気、家電なども全てチップと連動していた。
テレビも、脳波や過去の生体データを解析しているらしく、自分の好みの番組だけが自動で映しだされた。
行政のあっせんもあり、前職とかわらない職種にすぐ就くことができたし、この街での生活もすぐに慣れてしまった。
当然だが治安はものすごくいい。
街のひとみんなが優しく、おだやかに生活している。
この都市はやはり「未来都市」だった。
車や電車、お店も、自販機さえもすべてこの「生体チップ」の認証が必要だった。
全て自動で認証するので、忘れてしまいがちだが
チップがないと、信号ですら永遠に「青」にならないらしい。
都市に存在するあらゆるものが、すべてがこの生体チップで成り立っているのだ。
「悪意」検知に関しては、自分もたまに感じることがある。
駅でお財布が落ちているのを発見し、拾ってみるとけっこうな大金が入っていた。
一瞬、きっと「よくないこと」を考えてしまったのだろう。
脳にほんの少しチクっという感覚があり、そのまま駅員に届けた。
きっとこれが「悪意」の検知なのだろう。
この街にきて3か月。もう自分がモニターであることも「未来都市計画」の一環だということも忘れていた。
もちろんあのストーカーにあっていたおそろしい日々のことすらも。
悠々自適な暮らし。
マンションのそばのジムに通い、そこで知り合ったインストラクターの男性と付き合うことになった。
安全が約束された街での生活。そのおだやかで幸せな日々がゆっくりながれていく。
彼とはケンカもするし、多少の言い合いもある。
だけどエスカレートしそうになったときは「チク」っという感覚がはしり、お互い冷静になる。
「お互いのためをおもってやるケンカ」から、憎しみの「悪意」へと針がふれるほんの一瞬をチップはきっと正確に検知しているのだろう。
彼とは結婚がきまった。この街にきて半年ほどのことだった。
婚約指輪はふたりで選んだ、南国のジュエリーでホヌのデザインだ。
そんな幸せの絶頂のはずなのに、そのころからなぜかよくあのストーカーされてた日々を思い出すようになった。
ぬぐいきれない、背中にはしる冷たい汗。
ぬるっと空気がよどむ、得体のしれない視線。
なぜだろう、忘れていたはずなのに。
その記憶のせいか、このおだやかなはずの生活でも、背中に常に視線を感じるようになった。
彼にも相談はしたが「この街でストーカーなんてもってのほかだ、あんなの悪意そのものだ」と軽く流されてしまった。
でもその違和感が、気のせいじゃなかったことを知る。
Chapter.4 足音 (・・に続く)
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