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電脳虚構#5.1 | 残機(extend)

※「残機(extend)」は上記のお話のAnother endです。
最後のオチまでは全く同じ、そこから少し拡張したストーリーです。

Badendなのか、Happyendなのかは読んでからのお楽しみですね。
それではどーぞ!

◆   □   ◆   □   ◆


深夜の冷え切ったアスファルトが頬にあたる。

しだいにそれを覆うように生暖かいものが広がり、ぬくもりを与える。

--- 神経回路・切断 ---

それが目に浸みて拭おうとした手。
動かそうにも何故か感触が無く、視線を先にやるとその手は植栽の枝にぶら下がっていた。

--- 生命維持、不可 個体まもなく死亡 ---

あぁそうか・・僕はたったいまこの真上の建物から落下してきたんだった。

なんで・・こんなことしたんだっけ?

--- 個体、死亡 生体データ 転送開始 ---



  ◆   □   ◆   □   ◆

「プシュー..」

カプセルのハッチがあくと、ぼやけていた視界に白い光が目にしみた。
起き上がろうとしても、身体が動かない。頭がぼーっとする。

「あ、チョットまだ無理に動かないでクダさいね。」

白衣の男...いやあれは、アンドロイドか。冷たい声色にやや機械音が混じっている。

「あなた、死ぬの初めてですよね?新しい身体に慣れるまで、少し時間かかりマスので」

新しいカラダ・・?

そうか、僕は死んだのか。これが噂の ”1機死亡”ってやつか。

「最近、めっきり多いのデスよ。
 あなたみたいな若い子が、おふざけで死ぬの。
 いっくら3機あるからって、イノチを粗末にしてはいけマセン。」


20XX年。

クローン技術の発展により、国民1人に対してクローン個体を2体まで支給されるようになった。

医療技術が発展し、病気で死ぬことも少なくなった。
しかし災害・犯罪・交通事故などの不慮の事故での死亡。これは減るどころか増える一方だった。

その為の保険サービスの一環。
いわゆる「2回までなら死ねる」世の中になり、もう20以上もの時が経つ。

実際は保険なので、残機を減らすことなく一生を終える人がほとんどだった。

【 人生3機時代 】 が当たり前の僕等の若い世代。
その「余裕」から生命を軽薄に考え、あえて危険な行為に及ぶことが流行した。

「だってまだ2機あるし!余裕でしょ?」

という感覚。上の世代からしたら、異常行動なのだろう。


白衣の男...いや物体が、また話し始めた。

「そろそろ記憶の結合も済むコロアイでしょう。
 前の身体からお引越しするのもなかなかタイヘンなのですよ。」

その物体は、小さなタブレット端末を僕に渡した。

「これで生体データを認証シテクダサイ。
 これで移行完了です。
 あなたは1機失い、残機はあと1機です。
 どうかイノチを粗末にしないで。」


ここは国が管理する、生体・クローン管理センター。
通称「メディカル・ハッチ」

死んだ者の生体データはサーバーを通してここに転送され、残機があれば自動的にクローンを生成してくれる。

話には聞いていたが、あの”ビルからの落下”からものの30分足らず。
一度、死んだとは思えない、あっけないほど簡単な行程だった。


「メディカル・ハッチ」のエントランスの広場で、ぼんやりした記憶を辿っていた。

高くそびえる真白なハッチを眺めながら、少しずつ鮮明になってきた記憶。

”ビルからの落下” ・・なぜ僕は死んだのか...それをようやく思い出した。


 ◆   □   ◆   □   ◆


数時間前、深夜。
どこからともなく集まった仲間と、酒を浴びいつものバカ騒ぎ。
テンションがおかしくなると、そこで必ず行われる最高の遊び・・

「度胸試し」だ。

ビルの屋上で「残機2 VS 残機1」で、チームを組み、様々なルールでゲームをした。
残機があるからこそできる、危険なゲーム。

2人が落下したがそのたびに皆で「あいつ一機死んだwww」と爆笑した。

そんな日常を横目に、僕はビルのヘリのギリギリで、スケボーのトリックを決めるゲームをやった。
残機が2機あるからといって、「死」が怖くないわけがない。

僕は周りの連中よりとても臆病だった。

馬鹿にされないように、臆病者と言われないように、うまくごまかしながら慎重にトリックを決めた。


その時、「残機1」チームの対戦相手がトリックをミスし、ビルの外に投げ出された。

「あぁぁ、ヤべッ!!!うあぁぁ〜〜!」

僕は考えもせず、無意識に手を伸ばした。

パシっ!

手をつかんだがふんばりが効かず、そのまま引っ張られるように僕も外に投げ出された。

落下するあいだ、走馬燈なんかない。
目に映ったもの、聴こえた声は仲間達の大笑いだった。



そして僕はその日、初めて「1機死亡」した。
残機があと1機あるからといって、余裕な気分にはなれなかった。

僕ら世代の若者の”自殺”の増加は想像を絶するものだった。
おふざけや、死に対する興味本位、、、これがきっとほとんどなんだろう。

こんな異常な仲間たちとは縁を切ろう。
もう1機も失いたくはない・・・絶対に。

仲間のグループや、世間の若者の残機ゲームをする集団には暗黙のルールがあった。

【 残機ゼロ のやつはグループ脱退 】

もちろんそうだ。クローンの保険はもうない、いわゆる生身だ。

最後の1機になったやつは途端に身を隠す、きっと恐怖に怯えひきこもるのだろう。連絡もとれなくなり、街で見かけることもない。

残機のある連中はそれを「臆病者」と嘲笑う。

数時間前、一緒に落下死した対戦相手は「残機1チーム」だった。
これでアイツは 「残機ゼロ」 だ。
きっと復活後はどこか雲隠れするのだろう。

残機ゼロで、もう失敗のできない生命で、あいつはどうやって生きていくのだろう。
少し心配になった。

自販機で、炭酸を買い、漠然とそんなこと考えていた。

まだ少しダルいが、記憶も身体ももう元通りだ。
炭酸を飲み干し、大きく背伸びをして「メディカル・ハッチ」を眺めた。

真っ白で大きな美しい建物だ。
ここでは毎日、何千・何万という生命が再生成されている、24時間フル稼働らしい。

それだけ多くの人が日々「遊び・事故・災害・そして自殺」で、死を繰り返し、生命を無駄にしている。

空き缶を捨てに、ゴミ箱へ。

カラン...という音と同時に、頭上に気配を感じた。


◆   □   ◆   □   ◆


「プシュー..」

カプセルのハッチがあくと、ぼやけていた視界に白い光が目にしみた。
起き上がろうとしても、身体が動かない。頭がぼーっとする。

「あ、チョットまだ無理に動かないでクダさいね。
 あなた、あれだけイノチを大切に言ったのにもうまた死ぬなんて..」


死んだ?まさか・・・何も思い出せない。
冷たい機械音の混じった声の白衣の男に問い詰めた。

「最初の一機目は、ビルからの落下死。
 今回の二機目は、ビルからの ”落下物” に巻き込まれて死んだのですよ。

 このハッチの屋上からの ”物体” が降ってきたんですね。
 あなたもツイてない。」

落下死のときはうっすら意識はあったが、今回はどうやら即死だったらしい。

「ちなみに ”落下物”は、あなたのご友人でショウ?
 さっきあなたと同時に転送されてきた、あのご友人ですヨ。

 ここで再生成されて『最後の1機デスヨ』と説明してたのデスガ。
 そのまま気が狂ったように飛び出して、ここの屋上へ。
 それで身を投げた。最後の1機だったのに勿体ない。

 最近、多いんデスヨ、どーいうわけか。
 復活してからすぐ死にたがる子たちガネ..」

ということは、あいつの ”最後の1機” の自殺に巻き込まれて、俺は貴重な1機を失ったのか!?

・・たった1時間もしないうちに2機も死亡するなんてありえない!

僕はまだ成人もしていない、、
人生80年だとしてあと60年以上も 【 残機ゼロ 】だと?

【 残機ゼロ 】で、どうやって生きていけばいいんだ!

車に乗れば、事故るかもしれない。
飛行機なんてもってのほかだ!
いや自転車だって、危険だ。転倒でも打ちどころ悪かったら即死!

人ごみも避けなければいけない、通り魔殺人だってある。
犯罪や事件、災害に巻き込まれでもしたら、もう終わりだ。

食事だってそうだ...下手なもの食べて、それが毒だったらどうする?
この先は何を食べることも許されない、危険そのものだ。

もう二度と何も失敗は許されない、僕はもう残機ゼロなんだ。
今日だけで2機死亡してるんだぞ?
炭酸飲んで、空き缶を捨ててただけじゃないか?
そんな簡単なことで、死ぬ世界なんだぞ?

どう生きればいい?

残機ゼロで!!どう生きればいい?どう生きればいい?
無理だ!どうも生きれない!無理だ!残機ゼロだなんて!

絶対にすぐ死ぬぞ?ゲームオーバーも同然だ!

【 人生3機時代 】の前の世代はどうやって生きていたんだ?
こんな吹けば消える、イノチをたったひとつだけ抱えて生きるなんて重圧はなかったのか?

無理だ!あと60年だぞ?
一度の失敗もゆるされないんだぞ?

絶対に僕は死ぬ!無理だ!ラスト1機なんかで生き残れるはずはない!

残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!
残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!
残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!残機ゼロで!・・・
・・・・・・・。



気が付くと、僕はメディカル・ハッチの屋上にいた。

今なら 残機ゼロで飛び降りたアイツの気持ち...
若者の自殺が増えた、本当の理由が痛いほどわかった。


そして・・僕は最後の1機を終わらせた。




 ◆   □   ◆   □   ◆


「プシュー..」

カプセルのハッチがあくと、ぼやけていた視界に白い光が目にしみた。
起き上がろうとしても、身体が動かない。頭がぼーっとする。


「あ、チョットまだ無理に動かないでクダさいね。
 あなた、今日で3回目ですネ...

 1回目はお遊び、2回目は事故、3回目は自殺・・・デスカ。
 よほど死にたいラシイ」

何があったのか、理解できなかった。
確かにハッチの屋上から、飛び降りた。
地面に衝突したあのなんとも言えない衝撃、新しいこの身体にもまだ生々しく、じわりと記憶している。

”最後の1機” だったはずだ・・。なぜだ?

「あら、生き返ったのに、なんか不服みたいデスね。

 記録によると・・・あ、お爺さまからデスね。
 さきほど亡くなられたそうデスねぇ
 一定の年齢になると【 残機 】は相続を選択できるんデスヨ。

 次世代に託した気持ち・・・・
 うん、まぁ、わたしは人工物なので理解できマセンが。

 あなたが自殺する、ほんの直前ですネ。
 【相続】の承認がおりタノは...。お爺さまに感謝しないとデスね。」


ハッチを後にし、広場で炭酸を買う。
さっき僕が死んだ、ゴミ箱の付近は封鎖されてる。

ぼんやりしていた意識が、炭酸の泡がハジケるたびに徐々にハッキリしていく。

僕が間違っていた。最後の1機だからこそ「命」は尊くて大切に生きるべきなんだと。
それにいま鼓動しているこの身体は、祖父から受け継いだものだ。

炭酸を飲み干し、大きく背伸びをして「メディカル・ハッチ」を眺めた。
明け方のくすんだ青の空に、真白なハッチがとてもきれいだった。


空き缶を捨てに、通りの先のゴミ箱へ。
ここなら空から人が落ちてくることもないだろう。


カラン...という音と同時に、背後に気配を感じた。

僕の最期の叫びは、車のクラクションにかきけされた。


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