電脳虚構#14 | ザッピング・ルーム(上)
Chapter.1 イチカ
家の裏の通りに差し掛かると、温かくいい匂いが漂ってきた。
「お、今日はカレーだな」
イチカは家庭的で料理上手だ。
特に彼女のカレーは格別でつい食べ過ぎてしまう。
「ただいま、今日はカレーだね。
裏の路地まで匂いがしててもうそれだけで腹ペコだ。」
3つ年上の彼女、高く髪を束ね、白いうなじのエプロン姿。
この素朴な無自覚のかわいさが、たまらない色気を放っている。
「おつかれさま。お料理、すぐできるから先にお風呂どうぞ。
今日はお隣さんから柚子いただいたから、柚子湯にしているの。」
そう言って自然にバックと上着を受け取り、優しくお風呂場に促してくれる。
彼女のやわらかな声、その日常にふわりと囁くような愛情が愛おしい。
思わず、たまらなくなって抱きしめた。
「いつもありがとうね、イチカ。」
そしてイチカも優しく抱きしめ返してくれる。
この幸せな日常は絶対に失いたくない宝物だ。
風呂からあがると、テーブルにはカレーとたくさんの温かな料理が並んでいた。
「柚子湯、気持ち良かったでしょう?さぁご飯にしましょ。」
イチカとは一緒に暮らしてもうすぐ1年になる、同棲ってやつだ。
ケンカもせず、出会ったころのままの気持ちでとてもうまくやっていた。
最高の彼女だ。
でも・・
「でね・・わたしもたちそろそろ。」
最近はこの話題によくなる、結婚の話だ。
年上の彼女、その焦りはわかるけど最近は何かというとこの話題だ。
お互いこの話になると少しイライラし始める。
今日は「お友達にサキコサレタ」らしく特にしつこかった。
僕はテーブルの下でスマホを操作し、チャンネルを変えた。
Chapter.2 フタバ
なるほど・・こっちの晩飯はコンビニか。
やっぱりイチカで正解だったな。
「ほんとごめんねー。
今日こそはちゃんと作るつもりだったのに、うっかり居眠りしちゃって」
7歳年下のフタバはまだ学生だ。
アニメのキャラのような高く甘い声、目が大きくキラキラしていてまさに美少女そのものだった。
ズボラなところもあるが、その容姿と甘えん坊な性格にすっかりやられてしまっている。
「ぜんぜんかまわないよ、フタバがそばにいてくれるだけで僕は幸せなんだ。」
そしてフタバを抱き寄せた。
小柄で手に余る肩、その少女の儚さがたまらなく愛おしい。
フタバとは同棲して3ヶ月になる。
懐いたり、そっぽむいたり、きまぐれな性格はまるで猫だ。
”飼い主”である僕がきちんと包容力ある態度でリードできる、頼られるってのは心地いいもんだ。
抱き寄せた髪にはほのかなシャンプーの香りが、、キャミソールとショートパンツだけの無防備な肌が僕の身体に吸いつく。
そのままベットに誘ったが「今日は眠いからイヤダ」と急にそっぽを向いた。
僕は彼女の背中でスマホを操作し、チャンネルを変えた。
Chapter.3 ひとつ屋根の下
ベットを見下ろす僕の前で、ミツキは全裸で横たわっていた。
なんだ、準備はばっちりじゃないか、今日の相手はこっちにしよう。
ミツキとはこの「ザッピングルーム」で暮らして半年。
同い年の、いわゆる”夜のオシゴト”をしている女だ。
金に困ってるということで、なりゆきでここに住まわしている。
心が通っているとは言い難いが身体の相性は一番よく、イチカもフタバもNGなときに重宝している。
・・にしても便利なシステムだ。このザッピングルームは。
ひとつの空間、この家に「別々に複数人と同時に暮らすことができる」。
それぞれにチャンネルを割り当て、ザッピングしながらそのときの気分で相手を選ぶ。
1chにイチカ、2chにフタバ、3chにミツキ。
あとはヨシコとイツキがいる。
彼女たちはザッピングされていることは知らない。
僕が他のチャンネルにいる間は「行動・思考パターンを分析されたダミーの僕」が勝手に相手をしてくれている。
状況・相手に合わせた最適な行動とってくれる最高のAIだ。
下手に僕が相手をするより、関係性も良好だったりもする。
つまりはめんどくさいことはAIにまかせて、複数人の相手と「いいとこどり」で暮らすことができるのだ。
ひとつ屋根の下、5人の女性と幸せだけの日常を暮らせるなんて最高のシステムだった。
Chapter.4 シェア・ホスピタル
今朝はヨシコと過ごした。
学生時代からの長い付き合いで一番、肩ひじ張らずにいられる。
恋人というより、同姓の友達。もはや親友みたいな仲だ。
朝はこれくらいのリラックスした関係がちょうどいい。
「あ、でもお弁当はイチカのがいいな」
と、1chにチャンネルを合わせ、イチカからお弁当を受け取る。
それぞれのチャンネルの様子をみて
「今日も何事もなくみんなとうまくやっているな」と、確認してから出社する。
イツキがここのところ不在がちなのが気になる。
浮気でもしているのだろうか、だとしたら許せないな。
僕という彼氏がいるというのに。
実はこのザッピングルームは造語で、本来は「シェア・ホスピタル」という。
僕の会社は医療機器を扱っているメーカーだ。
近年、医療のひっ迫で医療従事者の不足が問題になっていた。
1人の看護士や介護士、そして医師が「複数人の患者を同時にケアできる」という画期的なシステムだ。
そのシステムの設計・プログラムの第一人者が何を隠そう僕だった。
だからそのシステムを改造して、このザッピングルームを作ったことなど誰も知らない。
最近はこのシステムが高く評価され、教育の現場やサービス業など、様々な業種で活用しようという動きになってきた。
「世界が注目の画期的なシステム」とメディアでも大きく取り上げられるようになり、僕は一躍「時の人」となった。
しかし、世間の注目を浴びるほど、メディアに持ち上げられればられるほど・・・。
その反動は必ずやってくる。
同僚が「ある週刊誌」を僕に持ってきた。
【驚愕!「シェア・ホスピタル」の第一人者の裏の顔!
「ザッピングルーム」の、その実態・・】
その記事のライターは、イツキだった。
Chapter.5 暴露 に続く↓↓
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