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電脳虚構#11 | ソウマトウセンター

「人類は生も死もテクノロジーで掌握しようとした。
 その結晶がこの”ENMA”システムというモノなのです。」


そう言い放つ、何者かの冷たい表情と声に戦慄を覚えた。

「これから貴方には【ソウマトウ】を体験してもらいます。
 大丈夫、別に命を奪うわけではないですから。」


Chapter.1 ライフログ





【 ゲームクリアです!おめでとうございます!
 つきましては、3日後の○月□日。
 ソウマトウセンターまでお越しくださいませ! 】

通達は突然やってきた。

職場の皆も「おつかれさまー!」「もうあがりかよー!いいなぁ」
そんなたくさんの祝福の言葉をかけてくれた。

愚直に真面目に頑張ってきてよかった。

これで俺の人生も「あと3日」。
ようやく終えるというわけだ、感慨深い。


いまの世は、国民の義務で生後3日ほどで脳に「生体チップ」というものを埋め込まれる。

このチップは個人の認証に使われる。
医療も福祉も、インフラに、買い物、この社会のありとあらゆるものは、このチップの認証が必須だ。

それに付随して「ライフログ」というものも義務化された。
人生そのものをそっくりそのまま「記録」するものだ。

チップが脳波をスキャンして、五感の全ての体験を24時間365日記録しづつける。
このデータは国のサーバーで管理され、常に記録と解析が行われている。

VR機器を装着し、例えば「高校2年の夏、彼女とデート」というログにアクセスすれば、いつでもその日に戻り、体験することが可能だ。
そんなサービスも受けられる。

「生体チップ」を介した医療サービスは何より革新的だった。
個人の健康状態を医療サーバーに常時送信。解析を行う。

健康に異常が生じると、すぐにサーバーから人体に直接「正常な細胞」が送信され、異常箇所に上書きしてくれるという治療法だ。

その技術は「若い新鮮な細胞を上書きする」ことも可能で「老化」しない身体も手に入れた。

どんな病気も治し、老化をしない身体。これは事実上の「不老不死」を意味する。

そう、人は死ななくなったのだ。


Chapter.2 ゼンアク


減ることのない人口。飽和に耐え切れなくなった人口。

その対策として「安楽死」を大々的に進めたが、若いままの「ずっと全盛期」の世界で、わざわざ自ら死を選ぶ人が多いはずがなかった。

そこで国は、新たな対策を講じる。「死」をポジティブな解釈にする流れ「死 = ゴール」とするという考えである。

「不老不死を手に入れた」のではなく「死ぬことができなくなった」と、人々の価値観がガラリと変わった。

生きるという【業】、それから解放されることが何よりの幸福なんだと人々は悟った。
生きていく上である一定の「徳」を積んだ者は、人生を終える権利が与えられる。

人生というゲームのクリア、まさに最高の瞬間である。

人類の為、国の為、社会の為、仲間や家族の為。
あらゆる行為を、ライフログの機能をつかって解析・採点され「徳」ポイントになる。

そして、生産性がなく、堕落した生活をおくる者。
犯罪、もしくは犯罪因子があり「害悪」と採点されると「不徳」ポイントが加算される。

善行と悪行が数値化され、善人と悪人が明確に仕分けされる世界となった。


俺は悪人だった、もともとはずっと。

貧乏で家庭環境も悪く、両親から壮絶な虐待を、そして学校では貧乏を理由にいじめを受け続けた。

食事もろくに与えられず、ゴミ箱から残飯を漁り、雑草や虫を食べ、生きながらえていた。

そんな永遠に終わらないとさえ思う、暗く長い夜。
地獄のような日々の中、どうにか育ってきた。

ある年齢になり知恵をつけると、生きるためになんでもした。
どんな悪行も。
万引きや窃盗は当たり前、数々の犯罪に手を染め金を稼いた。

その後、家族もできたが酒を飲み暴力をふるい、妻子にはすぐ逃げられた。
それから酒とケンカに明け暮れた自堕落な地獄の日々。

きっと当時は「不徳ポイント」も相当ためてしまったのだろう。

そしていまの妻と出会い、俺は人生を改めた。
いままで無防備に「不徳」を貯めていた自分を恥じ、善人へと生まれ変わった。

それからは愚直に「徳」だけを稼いだ。
慈善事業をし、国の為、社会の為、人の為、今までの負債を取り返すべく、人の何倍も身を粉にして働いた。

いまの妻と結婚し、十数年。ようやく子供を授かった。
新たな命の誕生は「徳」ポイントの加算が大きいと噂されている。

今回の【ゲームクリア】の通達。
それが「徳」の満期の決定打になったのだろう。


Chapter.3 ”ENMA”システム




「ご気分はどうですか?
初めての【ソウマトウ】の旅、貴方の一生分ですから長かったでしょう。」

その冷たい声に、長い旅から現実に引き戻された。

「こんな話があります。今回、貴方には【ゲームクリア】の通達が行きました。
じゃあ【ゲームオバー】の方々はどうやって通達するか、知りたくありませんか?」

まだ目の覚めないぼーっとした頭に、その冷たい声は続けた。

「【不徳】が満期になった方にも【ゲームオーバー】の通達を出してたんですけどね。
案の定、素直にここにくるわけもなく逃亡するんですよ、皆さん。

強制連行もしてたんですが、人権の問題でできなくなってしまってね。
騙し打ちじゃないですが、そういう人にはいったん【ゲームクリア】の通達を送るんです。」

こいつはなんでいまさらこんな話を俺にしてくるのだろうと、少しイヤな予感がした。

「で、本題ですが、この【ソウマトウ】は何の為にあるかご存知ですか?
”ENMA”システムを使って、人生を一からスキャンする為なんですよ。

そのデータを解析にかけ、善悪をもう一度ちゃんと審議にかけるんです。」


冷たい声が更に事務的に早口に語り続け、嫌悪感とイヤな予感は加速した。

「あ、なんか察してるみたいなんで、はっきり言っちゃいますね。
 残念ながら、貴方・・・。

 【ゲームオーバー】ですね、・・納得いかないですか?

徳・不徳ポイントの加算方式は公表してませんが、噂の通りに出産は徳の加算が高い。
貴方もそれが決定打になったとお思いでしょう。

出産の連絡があったときに、車で病院にかけつけたでしょう?
そのときのこと覚えてますか?

貴方、信号無視したんです。
お急ぎだったのはわかりますが、いけませんねぇ。

決定打はこれです。
貴方は過去に不徳を貯め過ぎた、もう満期・・溢れる寸前だったのですよ。
 
過去に悪行に手を染めた人間が、いくら改心して善行をしても【不徳】ポイントは減算されないんでね。

惜しかったですよ。あの時、信号無視さえしてなければね。
出産が決定打で【徳】の満期達成でゲームクリアでしたのに。」

感情のない矢継ぎ早な言葉に、状況の整理がつかなかった。


Chapter.4 ソウマトウ


「一回目の【ソウマトウ】はスキャンの為でした。
もう善悪の査定は終了したので、ここからが本来の使い方に入ります。

これから体験していただく【ソウマトウ】に終わりはありません。
現実の時間にしてみれば一回数秒。体感的には一生分ですがね。

それを永遠にループして体験していただきます。

善の【ソウマトウ】は「楽・好・喜、幸」以外の体験は削ぎ落とされ、ループするごとに、その純度が増し、最適化されていきます。

悪の【ソウマトウ】はその逆。「苦・嫌・哀・不幸」のみが最適化の対象です。

”幸せな体験はより幸せに、不幸せな体験はより不幸せに”

体験の最適化はループするたびに誇張され、増幅していく。
これが”ENMAシステム”の革新的なところなんですよね。

とは言っても、死ぬわけではないので安心を。
永遠に【ソウマトウ】の中で生きるんですよ、貴方は。

ま、残念ながら悪の方ですけどね。」


話の輪郭がみえてくるごとに恐怖だけがはしった。

貧乏でずっと腹を空かしていたあの地獄の日々
虐待やいじめを受け続けたあの地獄の日々
やさぐれて荒れて、酒と暴力にまみれていたあの地獄の日々

もうあの地獄には戻りたくはない!もう二度と!

逃げないと!逃げなければ!
【ソウマトウ】という名の永遠の地獄に堕とされてしまう!

「あ、ようやく事態を把握したようですね。
そう、皆さん【悪】に認定された方は逃げようとするんですよ、必ず。

お気持ちは察します。でも無駄です。
既に【ソウマトウ】導入の為の特殊な薬は投薬済み、動けないはずです。」

「やめろ!やめてくれ!・・・

悪行をしたのは認める!あれは生きるためにしょうがなかったんだ。
悔い改め、さんざん善い行いもしてたくさん挽回したじゃないか!

それをそれを、、信号無視ひとつで?そんなのおかしいじゃないか!

ENMAだかなんだか知らないが、あの【ソウマトウ】を永遠に繰り返す、、だと?
 
そんなのは地獄となんら変わらないじゃないか!!」


・・冷たい声は、より冷徹に温度を失った声でゆっくり話し始めた。


「地獄?・・そう・・・、地獄。
正解です、おめでとうございます。

善い行いをした者は【天国】へ

悪い行いをした者は【地獄】へ

これは古来からずっと人類に植えつけられていた概念じゃないですか。
最初に申し上げましたが、人類は生も死もテクノロジーで掌握しようとした。
【天国と地獄】をテクノロジーで完全に再現したものがこのシステムなんですよ。

もう堪忍なさい、悪人よ。

”ENMA(閻魔)”さまは絶対なんです。」


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