二人の奇妙な関係にドキドキ!怖くて優しい物語―『暗いところで待ち合わせ』
乙一氏は多彩な覆面作家である。温かく優しい作品の”白乙一”に、グロテスクでダークな作品の”黒乙一”、他にも青春や恋愛小説の多い「中田永一」、「山白朝子」や「越前魔太郎」といった別名義も多く持つ。さらには「安達寛高」として、映像作品も多く手掛けている。
これだけ多くの作品を多様な作風で書き分ける、その才能を素晴らしいと思う。私は『箱庭図書館』と『失はれる物語』という短編小説から乙一氏を好きになり、その後で中田永一氏が同一人物であることを知った。始めはその事実に驚いたが、引き込まれる面白さという観点ではどれも変わらず、みんな違ってみんないい。私は、特に”白乙一”と「中田永一」が好きだ。
『暗いところで待ち合わせ』は、どちらかといえば”白乙一”に分類される作品。ちょっぴり怖いところもあるが、読みやすくて引き込まれる作品なので、紹介したい。
目の見えない女と、殺人容疑の男
二人の奇妙な同棲生活
まず、設定が面白い。目が見えないミチルと、殺人容疑で警察に追われるアキヒロの奇妙な同棲生活が物語の主軸となっている。アキヒロは勤務先の印刷会社で人間関係に悩んでいる。飲み会に行くのも面倒で、断っていくうちに気づけば一人になっていた。次第に社内で理不尽なことを強いられ、いじめられるようになったアキヒロは、駅のホームで上司の松永トシオを線路に突き落とすことを考える。
一方、ミチルは物心ついた頃から母がおらず、駅近くの家で父と二人で暮らしていたが、父が亡くなり、今はそのままその家で一人暮らしをしている。たまに小学生の時からの友人である二葉カズエと一緒に、外に出たり、買い物をしたりするが、それ以外は外の世界に触れることもなく、一人でひっそりと過ごしていた。
駅のホームで起きた殺人事件によって、警察に追われるアキヒロはミチルの家に転がり込む。ミチルの目が見えないことを利用して、音を立てずひっそりと居間の隅にうずくまる。ここから始まる同棲生活。二人の関係はどうなるのか。そして、殺人事件の真相とは…?ミチルとアキヒロ、それぞれの視点が交互に描かれ、先の展開に目が離せない。
暗くて寂しい、孤独な二人
この作品の全体イメージは黒くて薄暗く、決して明るくはない。二人とも孤独であり、心に寂しさ、悲しさ、苦しさを抱えているからだ。
アキヒロは社内でいじめられるが、その原因は元はと言えば、自分が飲み会が面倒で断るなど、人と関わることを避けてきたからである。彼はそもそも人と関わることが得意ではなく、むしろ一人でいることを好む。集まって群れている人をどこか冷めた目で見ている。
ミチルの生きる世界は、光のない闇の世界だから物理的にも暗い。そして心も閉ざされている。以前一人で外に出た時、多くの人に迷惑をかけたことがトラウマになり、一人では外に出て行けなくなった。だから、何も望まず誰にも迷惑をかけずに、一人でひっそりと生きていくことを誓った。
始めから二人は似ていると思った。アキヒロもミチルも、自ら一人でいることを望んで生きている。生きることに価値を感じてすらいないように見えた。未来への希望も欲もない、ただ生きていればそれでいいと。それぞれに立場は違えど、外の世界から遮断されたなかで孤独に生き、そして社会に生きづらさを感じている点で共通していた。
社会に対する抵抗感や生きづらさが現れていて、二人を見ていると辛かったが、集団のなかで生きていると、同じような気持ちを味わうことは誰しも一度はあるだろう。「暗いな、明るく生きようよ」とも思うが、そうはいかないこともある。だから、自分と性格は違うはずなのに、二人の心情には共感してしまう。
二人の行方に目が離せない!
※ここからは若干ネタバレが入るのでご注意を。
この似ている二人が同じ空間で過ごすことによって、不思議な空気が生まれていく。ミチルはアキヒロの存在に気づき始めるも、知らないフリをして過ごす。何度かアキヒロがミチルを助けてしまう場面、ミチルがそれで思わず「ありがとう」と言ってしまう場面には、ドキドキする。
バレちゃうよ!というドキドキと、アキヒロの優しさへのドキドキと。いろんな意味でドキドキできる笑 この二人、どうなっていくのだろうと目が離せなくなるのだ。
ミチルはアキヒロの存在を認めてからも、二人は何も会話せずに過ごす。それが何とも二人らしい。何も話さない、互いに干渉しない。それでも二人いるだけでなんだか心強くて、あったかい気持ちになる。二人が元々似ている性質だったからこそ、何も言わなくても分かり合えている気がした。
家に人の存在を感じた時、私ならすぐにでも警察に電話をしてしまいそうだが、まずは様子を伺ってアキヒロを試してみるというミチルのやり方は賢いと思った。慌てず、冷静に物事を捉えて実行していく姿には、凛としたかっこよさをも感じた。
二人は孤独で暗い心を持っている一方で、優しい。寂しい気持ちを知っている人って、優しいのだろう。アキヒロが正体を知られるリスクがあるにも関わらず、ミチルを助けてしまったのは、根の優しさからだと思う。ミチルが殺人犯に殺されかけたのにも関わらず、その人に対して涙を流したのも、また優しさからだと思う。
アキヒロもミチルも心の痛みを知っているから、相手に同情してしまう。暗い心の裏にある優しさにグッときて、少し泣きそうになった。
殺人容疑のアキヒロがミチルの家に侵入してくるという、普通に考えれば恐ろしい出会い方だが、二人は互いに出会うべき存在だったと思う。二人はあまりにも似ていたし、多く語らずとも心が通じ合っているようだった。
(中略)いつも居心地の悪さを感じていた。どこに身を置いていても、手のひらに汗のにじむ緊張は消えなかった。はたして自分のいていい場所はどこなのだろうかと、考えたこともあった。しかし必要だったのは場所ではなかった。必要だったのは、自分の存在を許す人間だったのだと思う。
アキヒロのこの言葉が好きだ。必要だったのは場所ではなく、自分の存在を許す人だったことに気づく。二人には居場所がなかったんだと思う。でももう大丈夫。二人が互いの居場所になったから。暗いなかで生きてきた二人が寄り添うのは至極自然に思えたし、お似合いだと思った。
暗いなかに見える光 優しい読後感
社会の生きづらさ、孤独、心の寂しさ、殺人事件…暗くて怖いテーマであるのに、そのなかに光が見える。ほのかに温かく、優しさも感じる読後感。そのコントラストが胸に染みる。
ちなみに、映画も観てみたが、ほとんど原作通りで、私としてはイメージもそのままだった。特に印刷会社の社員たちの配役、私の想像通りだった。ミチルとアキヒロの配役も悪くはない。
暗いなかで描かれていき、怖い場面もあるので弱い人は注意した方が良いが、原作を読んでいれば展開がわかるので備えておけるかもしれない笑 (怖いのは一瞬一瞬だけで、明るいラストを信じていればそんなに怖くない👍🏻)
心に闇を持った人、寂しい気持ちの人、変わった恋愛小説を読んでみたい人などに、ぜひおすすめしたい。乙一氏を初めて読む人=初乙一!という方にもおすすめだ。
あと、本書とまったく関係のない話をしているあとがきも面白いので、読み逃しなく笑
********************
私が持っている本(写真)は新装版です。元の装丁があまりにも怖すぎるので、アニメチックにして怖さを緩和させたのでしょう笑 本当は優しくて温かい作品なのに、この装丁では皆がホラーだと思うだろうし、怖くて買わなそうだから、損をしているなと思います。
新装版はピンクにしてキャッチコピーも入れて、だいぶ柔らかくなったけど、まだ少し怖いね笑 新たな装丁にするなら、個人的にはアニメっぽくないイラストの方が良かったけど、この方が売れるのかな…