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ヤリのハンザワ

文・写真●小野田光

 将棋には「香車」という駒がある。一回にひとマスずつしか動けない多くの駒と違って、一気に何マスでも進むことができるが、後ろや斜め、左右には動けない。ひたすら前に進むしかできない駒だ。「歩兵」に次いで小さくて軽い。金銀角飛車に比べて痩身な感じがする。大相撲の第52代横綱・北の富士はまだ番付下位だった頃、香車という愛称をつけられた。体質的になかなか肥れなかったが、細身の身体で前に出る速攻相撲を取る姿が将棋の駒に喩えられたのだ。
 香車は「槍」という俗称を持つ。一直線に前方へ動く様子が、遠くを刺す槍の一突きに似ているからだ。そこで思い出すアイスホッケー選手がいる。元日本代表フォワード(FW)の榛澤務(はんざわつとむ/写真左。中央はフィギュアスケート・アルベールビル五輪銀メダリストの伊藤みどり=2009年撮影)だ。1972年の札幌五輪から三回の五輪に出場した彼は、「槍の榛澤」の異名を取っていた。身長160センチ。「氷上の格闘技」と呼ばれるアイスホッケーをプレーする選手としては、当時でもかなり小柄だったが、恐ろしいほどのスケーティングスピードを持っていた。FWは相手ゴールへ前向きに突進することが求められる。榛澤が敵陣目掛けて猛スピードで一直線に進む姿を見て、当時のファンは「槍」のイメージを重ね合わせたのだ。20世紀を代表する日本の名FWの一人だ。
 70~80年代は、日本においてアイスホッケーがもっとも人気を集めた頃。テレビなどマスコミへの露出も多く、スター選手たちには個性的な愛称がつけられ、子供たちが彼らを覚える助けにもなった。競技を問わず人気スポーツ選手には愛称があった時代。個性が求められた時代。20世紀最高の人気スポーツチームである読売巨人軍なら、川上哲治「打撃の神様」、長嶋茂雄「ミスター」からはじまり、江川卓「怪物」、原辰徳「若大将」など枚挙に暇がない。大相撲でも千代の富士「ウルフ」、ゴルフの尾崎将司「ジャンボ」等々。しかし、時代は21世紀となり、スポーツ選手に愛称がつかなくなった。「二刀流」や「エアK」はプレーの様態を表す呼称で、個人の愛称ではない。
 その代わりに別の愛称合戦が始まった。日本代表チームに呼び名を付けるのだ。「侍ジャパン」「なでしこジャパン」等々。二大会連続で五輪出場したアイスホッケー女子日本代表は「スマイルジャパン」を自称した。選手の個性より、国の代表としてのまとまりを。そんな流れを感じる昨今のわが国の風潮だ。チーム重視の中、香車のような強烈な特徴で魅せる選手に注目したいと私は思う。前に進むだけというのもいいではないか。そういえば、高速ショットで名高いテニスの大坂なおみが「新幹線」と称されたことがある。そう呼んだのは対戦相手のチェコ人選手だった。
(初出 書肆侃侃房「ほんのひとさじ」vol.11  テーマ「香」より)

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