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~2000字前後の短編・掌編です。
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2023年3月の記事一覧

僕はただ静かに眠れないだけ

「大丈夫」って君は言うけど、何が?  僕からしたら大体なにもかも同じ。だから今、君に言うべき言葉を頭の中で考えている。  心は裏腹でも身体は動くし、今日も夜が来る。大丈夫だよ、僕は君がしきりに繰り返すその言葉を、信じることができない。本当はどうでもいいから、いつもそんなことしか言えないんだろう。  誰も彼も気持ち悪いから、いいかげん傷つけてやりたかった。君のことなんか嫌いだと、はっきり突きつけてやるつもりだったんだ。けれど口から飛び出したのはまったく違う言葉だったから、僕が一

積み木あそび

 積み木をしようか、ちいちゃん。  はい、これが積み木。君とぼくだけの、なんだって作れるすばらしい魔法の煉瓦だよ。君とぼくの積み木はチーズみたいな、ちいちゃんの好きなやさしい黄色をしているね。おいしそうだね、けれど食べられない。舐めるとバターの味がするけど、けしておいしいからと言って食べてはいけない。ぜんぶ食べちゃったら、さすがになにも作れなくなってしまうから。  さあなにか作ろう。なにがいいかな。ちいちゃんの好きなお城がいいね、お城にしよう。柱をたてて、屋根をつけて、バルコ

んぎょうひめ

 昔々あるところに、偉大な王様がおりました。その国はとても豊かで、たくさんの人々が幸せに暮らしていました。王様のお妃様はたいそう美しく、お子様達も可愛らしいと評判でした。ある日、王妃様が身ごもりました。生まれた子供はそれはもう、たいそう可愛い女の子です。  そして――王様は、生まれた姫を「んぎょうひめ」と名づけました。  ある日、年頃になったんぎょうひめは、大変なことに気がついてしまいました。 「姫様、お茶でございます!」 「姫様、ピアノのお稽古の時間ですわよ」 「姫様、お

知らないと言って君は砕けた

 彼女はひどく冷たい眼をしていた。曇り硝子のような、無機質で、無感情なまなざしだ。それがどうにも不気味だったらしく、僕は曖昧な笑みで返すしかなかった。  僕にとって彼女というものは、とても大切な存在だったはずだ。少なくとも、僕がこうして部屋に帰ってきている以上、ほんの数時間前まではそうだったに違いない。それなのに、彼女に対して今どのような感情を抱けばいいのかが、まるでわからずに混乱していた。 「だれ?」  彼女の唇が動くのをみて、ああ、やっぱりこの子はぼくの知るあの子なのだと