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しろい波がわたしの足元をすくっていく。海の向こうから流されてきたさまざまなものは、この浜辺に長らくひとりきりの、わたしの退屈を埋める泡になってくれる。 それはだれかが捨てた缶だったり、解消されてしまった婚約指輪だったり、ひとの眼には視えないくらげの赤ちゃんだったり、魚の死骸だったり……いや。 魚は、よくみると、まだ口をぱくぱくさせていた。生きているのだ、この電子の海の墓場のなかで。 わたしがぐっと念じれば、このなにもない小島にだって、いくらでも草を生やすことができ
ふるびた地図に目をやった。この町は猫の街、とよばれているらしい。 旅人は町の入口に立っていた。白い石壁づくりの家が延々と並び、こんなにも晴々としたよい天気だというのに、人っこ一人歩いていない。不思議な静けさに満ちた街だった。 旅人は、好奇心から街の中へ一歩を踏み出した。一本道の長い坂が続いている。両側には白い壁がひろがり、足元の石畳だけがうすい灰色をしている。草一本も生えていないが、家のかたわらには時折植木鉢が置いてあるところを見ると、ここにも誰かしら住人がいるのだろ
騙すつもりなんてなかったんだと言ったって、彼女はもうどうせ、僕のことなんか信じちゃくれないんだろうと思った。まだ誰にも汚されていないテスト用紙と、整理整頓のされすぎた事務机を前にして、互いを疑うように視線を交わした僕らは滑稽な蛇と蛙だった。今やうるさいばかりの沈黙で満たされた、この職員室とかいう直方体の箱には、いくつかの物理的な抜け穴があったが、窓から校庭に飛び降りたって心の逃げ場はどこにもありそうになかった。 気まずいとき、窓から見える空は、いつも感傷的な夕暮れであっ