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あなたが自分を好きになれないのは、あなたがダメだからではない(雑談記事)
■この記事は、以下のような人向けです
・自分を責めてしまう人
・自己肯定感を高めたいけど高められない人
・自分を好きにならなきゃって思っちゃってる人
自分を好きになれないと、なんだが生きづらいって感じますよね。
かといって、自分大好き! でもなんかちょっと……
でも、嫌いな人とずっと一緒にいるのは、それだけでストレスになってしまう、自分嫌いも放置できない。
だったら好きにならなきゃって考えを捨ててしまえば? というお話です。
1、あなたが苦しいのは自分を好きになれないからじゃない
自己肯定感という言葉がよく聞かれるようになって久しいですが、ちゃんと持ててる人は、実は少ないのではないかと思います。
だってそもそも、自己肯定感が強いってどういう状態かってことも、人によってバラバラなのではないかと。言葉そのものが勘違いを起こしやすいものだと思いますし。
自己肯定感というのは、高めるものじゃなく、高まるものでして、「自己肯定感はこちら」って旗が立ってる山の頂上目指すようなものじゃないんですよ。
「私は私のことが大好き!」
「大丈夫、これでいいんだ!」
というノリのものではない。
自己を肯定することの始まりは、自己を否定しないこと。
自分はこういうところもあれば、あんなところもある。
そんなふうに、良いとか悪いとか判断を加えずに受け入れることです。
自己啓発チックに、
「自己肯定感を高めて幸せになるんだ! 必ずできる!!」
ってイメージを浮かべる人もいるかもしれませんが、これやると後で後悔します。
2、無理に肯定しようとすると病む
自己啓発ではよく、「自分はできる」と言い聞かせる、みたいなことを言いますが、同じように「自分はこれでいいんだ!」みたいに、外から内に向かって言い聞かせると、そのうち病みます。
なんでかというと、本当はそう思ってないのに、外から無理やり言い聞かせても、
「でも違うじゃん」
って、内側から反発されちゃうからです。
なんとなく感じません?
「本当は違うじゃん、できないのに……でも……」
みたいな、モヤっとした内側の声。
で、何度言い聞かせても「自分はこれでいい」と思えず、
「なんでこんなにやってるのに変われないんだ・・・・・・!」
と思うようになり、
「やっぱり私ってダメなんだ・・・・・・」
という自己否定の沼に落ちる。
外から強く言い聞かせようとするほど、しかも真面目にやろうとする人ほど悪循環に陥るという、救われない話になるんですよね。悲しいことに。
でもそれって、あなたが悪いのか? あなたがダメなのか?
やり方が間違っている、という意味ではそうかもしれません。
でも自己否定してしまう、その癖がついてしまっているのは、あなたのせいではありません。
どういうことかというと・・・・・・
3、こんな経験(根っこ)があるのでは?
今こんな話をしている僕も、以前は自己否定人間でした。
立てた目標が達成できなければ、
「なんでできないんだ!」
と責める。
人間関係がうまくいかないことをつまみ上げて、
「俺は人から受け入れられない人間だからどうしようもない、なぜならおまえは、こうでああで・・・・・・」
と、自分がダメと思うところを責めまくり、四六時中自己否定する。
これで病まない人はたぶんいません。
でもそれって事実なのかって考えると、自分の問題もありますが、すべてではないわけですね。
目標が達成できないのは、立て方が間違ってるからということが多いし、人間関係も自分だけの問題ではなく、相手にも落ち度があるかもしれないし、誰にも受け入れられないなんて、ただの思いこみです。
もしかしてあなたも、こんなふうに思っていませんか?
・自分は人に受け入れられない
・自分には致命的なほどダメなところがある
・自分は何をやってもうまくできない人間
などなど。
まったく同じでなくても、似たような顔した意地悪な奴が、心の中に巣食ってて、がんばろうとするあなたの邪魔をする。
それはスキーマと呼ばれる、簡単に言えば心に巣食う悪い思い込みです。
このスキーマデビルは、あなたが子供の頃に生まれて、育ち、今もあなたを苦しめる存在。そして厄介なことに、数十の種類がいます。
この記事では種類については触れませんが(AIに聞いてみたり、ネットで検索したりすれば、スキーマの種類は出てきます)、共通しているのは、人生に最悪の悪影響を及ぼすこと。最初はあなたの心を守るために生まれたスキーマデビルですが、環境が変わっても居座り続けるので、引きずられて影響でちゃうんですよね。
たとえば、子供の頃親に自分の考えを認めてもらえず、自分は人に受け入れてもらえない人間なんだという思い込みが誕生。大人になり、環境が変わって、成長もしてるのに、スキーマデビルは居候を続けているため、今もあなたを苦しめる。
その状態では、自分を好きになろうと思っても、なれるはずがないですよね。
誰にも受け入れられないと思い込んでるから、自分も自分を受け入れない……
それって結局自分のせいでは?
と思うかもしれませんが、あなたが望んでそんな思い込みをもったわけではないですよね。だからあなたの責任かというと、そうじゃない。
じゃあ親? そうですね、親の責任はあるでしょう。でもね、親を責めたところで、自分が変わるかっていうと、変わりません。だから親を責めても意味がない。
でもじゃあどうすればいいのか?
3、そもそも好きというのは
自分のことを好きになる・・・・・・そうなれたらいいなと思う気持ちは分かります。でもじゃあ、好きってどういうことだとでしょう?
たとえば、好きな人ができたとき。
その人のことを考えると嬉しくなって、朝起きたらまずその人を思い浮かべる。恋愛初期はそんな感じですよね。好きで好きで・・・・・・最初はその人のすべてを肯定できる。でも恋の夏が過ぎて、秋の穏やかさになる頃には、ここはちょっと・・・・・・というところが見えてきます。
けど、それで嫌いになるかと言えば、そうでもありません。
なぜなら、相手もあなたと同じ人間。
完璧じゃないし、ダメなところだってあると、あなたは知ってるから。
だからなんなら、そんなダメなところも味があると思えたりする。甘みの中にあるちょっとした苦みがいい感じ、みたいな。
趣味的なことでの好きも同じです。
たとえば僕は、物語を書くことが好きですが、正直言って楽しいことばかりではありません。サブスクなので、新しい作品を出す期限はあるし、ネタはいくらでも作れるとはいえ、中々構成が決まらなかったり、本編書き始めたはいいけど、設定作ってるときには気づかなかった問題に気づいたり・・・・・・大変な部分もあるし、思い通りに筆が進まなくて気が重くなることもある。でも嫌いかというと、好き。
恋愛、趣味、どちらの好きにも共通するもの、それは、
良いところもダメなところも含めて好き(完璧だから好きってことじゃない)
そして、
大事なものである
ということ。
だからね、自分のことを好きになろうって考えなくてもいいんですよ。
僕も、物語を書くことを好きになろうと思ったことは一度もありません。きづいたら好きだった。
恋愛だってそうでしょう?
好きな人のこと、一目惚れは別として、なんとなくいいなって思い始めて、少し心の中で存在が大きくなって、いつの間にか、気づいたらいつも考えてる・・・・・・
自分のことも、それでいいんです。
好きになろうって考えは、いったん脇において、自分がもってる性質を、良いか悪いかの判断をせずに、紙に書いて並べてみる(紙に書くことで客観的に見やすくなります)。
たとえば、
・優しい
・真面目
・親切
・人を疑いがち
・決めたことを続けられない
・自己否定してしまう
書き出したら、自分には「今」、こういう性質があるんだな、とだけ考える。
これは良くて、これはダメで・・・・・・という考えが浮かんでくると思いますけど、ほっといていいです。否定することもないし、肯定する必要もない。
そういう性質があると確認できたら、次にステップへ・・・・・・なんですが、それは次回。
まずは、「自分にはそういう性質があるなぁ」とだけ思う癖をつけてみてください。
すぐにはきっとできない。
でもいいんです、それで。
指をパチンと鳴らすだけですぐできちゃう人なんていないから。
ね^^
続きは12/29までに投稿予定なので、しばしおまちを。
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