断片整理 20240126
北側に向いた窓ガラスを通過して、例の小さな白い奴らが侵入してくる。部屋に入るなり一辺五ミリメートル程度の大きさの立方体に成長し薄いグリーンの光を放ちながら「ぶーん」という小さな音を立てて翔び回るのだ。国連は、奴らを〈やごりん〉と呼んでいて、世界中の「現実」に居住している人々に対し
ベッドに寝ている顔の周りを蚊のように煩わしいのでパチンと叩き殺してやりたくなるのだが、ひとつ叩けばそれが十くらいの個体に分裂して増殖することが解ってるので、しばらくは放っておくしかない。
呟く。
「なあ、サヨリさん。またアレがきたよ」
「そうですかまだこんなに暖かい季節なのに」声が小さすぎたかもしれないと思ったのだが、サヨリさんはちゃんとキャッチアップしている。
「今年も、闘いの季節が始まるんだね」
「そうですね」
サヨリさんはすぐに〈通信〉を、よもやま相談室に繋いでいつもの小隊を要請した。〈通信〉に直結しているためか、いつもながら素早い。程なく小隊が到着して白い立方体との死闘が始まるだろう。私は、その様子を眺めていたいという欲求に駆られるのだが、木曜日の朝からそんな時間も取れないので後のことは国軍に任せることにして、通勤前のコーヒーをサヨリさんに淹れてもらう。
白いコーヒーカップをつかむと私は、スーツに着がえて仕事部屋に入る。今日のコーヒーは、コスタリカ産の21世紀にカップオブエクセレンスを受賞した豆をしっかりと再現しているという話だが、私の経験だけではそれが真実なのかどうかわからない。コーヒーの味の差は結局2%程度成分の差だというから、再現しようと思えば化学的な調整で十分可能なのだろう。
幸いなことに、仕事部屋には白い立方体は侵入してこない。なぜかは解らない。私は落ち着いた心持ちで昨日終えることができなかったレラティビティマーケティングの分析結果のレビューを始める。〈通信〉により結ばれた全世界の人々から自動収集している天文学的な量のデータを分析したり、視覚化する作業は量子コンピュータベースの人工知能が勝手にやってくれるのだが、最終的にレビューして判断をするのは、私たちが担当している。
「国軍がきましたよ」とサヨリさん。
白い立方体の群生と戦うのは、大手の電算機メーカーが開発した、やはり五ミリメートルくらいの立方体だ。こちらは区別しやすいように青く輝いている。ナノフラーレンを組み合わせた人工生命体。自律増殖型のナノマシンであり、国軍が育てた7歳の〈超越者〉がプログラムした七万五千通りの戦術プログラムにより個々に制御されている。状況によってミリ秒単位での意思決定を繰り返し、戦術を切り換えながら闘うのだという。刻々と変化する戦況に合わせ、全体最適を計算し素早く反応する一方で、個々のマシンは常に分散型の自律思考をしていて、周囲にいる複数の仲間と連携したり一個体で高速での撹乱や特攻じみた攻撃を仕掛けたりアジャイルな働きをする。
「駆除が終了したみたいですよ」サヨリさんは機嫌が悪い国語の先生のような単調な声で言う。
私は特に答えなかった。いつものことだ。
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