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まず感じるカラダ、ホメオスタシスが動くカラダを取り戻すことが先です。
整体指導を受けるたびに普段より酷い頭痛が起きる。
頭痛で悩んでいる人がそういう体験をすると
いのちが運営している無意識運動、ホメオスタシスへの理解が無い人は
どうなっているんだ!
何をしてくれたんだぁ!?
と、怒りを抱く。
整体指導で酷い目に遭わされたって。
星1つの口コミを書き込まれてクレームになってしまう。
もしくは二度と来室されることはない。
普段より酷い頭痛を我慢して経過できるためには
心身についての理解が必須。
くわえて、今までのアプローチで治らなかったという体験による後押しも必要になる。
整体指導の後に酷い頭痛を体験された方が4回目に来室されたとき
頭痛がぜんぜん起こらなくなりましたって報告してくださった。
40年近く、あるのが当たり前だった頭痛が日常生活から無くなった。
ってことは、それ以前の心身への働きかけこそが
長きに渡って頭痛を保持し続けるために関与していたことを物語っていた。
そもそも頭痛の捉え方が間違っていたわけ。
頭痛自体は病気でも何でもない。
理由があってカラダが起こしている現象。
頭痛の多くは、過緊張して硬張ってしまった頭骨を緩めるために生じている。
であるならば、過緊張を生む原因が無くなれば解消へ向かう。
おおくは脳内の思考の癖、自動思考、
世界の見方、捉え方が緊張をひき起こしている。
だから原因と向き合わずに、ただ痛みを無くすってちょっと危うい。
どうしても痛みを感じている本人は痛みさえ無くなればいいって思いがち。
誰か他人が痛みを除去してくれれば楽だし
原因と向き合うことも無く、自分は何も考えずに済ませられる。
ところが、「わたし」という意識が乗り込んだカラダで生じている問題は
本来は「わたし」にしか対処できない。
頭痛が辛いって感じるのは「わたし」だけだからね。
他者にとっては問題にすらならない。
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「わたし」が問題だと取り上げた現象であっても
カラダは理由なく現象を起こしている訳じゃない。
異常を感じて、元に回復しようとするのが生体恒常性=ホメオスタシスの働き。
だからこそホメオスタシスが動ける在り方、
異常を感じられる在り方が大切になってくるんです。
ぼくは出来れば薬を使わないで病気を経過させるのが望ましいとお伝えさせていただくことがありますが
ホメオスタシスが動いている整体の人、
もしくは活元運動をやっていて、愉気が出来る人であることが大前提です。
自分の心身が整ってなくて、ホメオスタシスが動いていない人が
医学や薬を否定したりするのは、とっても乱暴で危険です。
感じるカラダを取り戻して
異常や疲労が生じたら風邪をひいて発熱して解消できるようになれば
自然とカラダの自家用薬で異常を経過できるんだって分かってきます。
ただし、それは頭で判断することじゃありません。
念のため。
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