1人で来て1人で帰った1年後、想像もしない未来が待っていた
このnoteを読んでくださっている人の中に、よくイベントに足を運ぶ、という人がどれくらいいるか分かりません。おそらく、あまりいないのではないかと思います。特に、誰から誘われたわけでもないイベントに、1人で行くなんて人は。
かくいう私も、イベントには行かない派でした。
誰かに誘われることだってありませんし、1人で行くなんて、考えつきもしません。休みの日は、noteを書くか、古くからの友人とランチをするか、映画を観に行くか。イベントとは無縁の生活をしてきたのです。
だからこそ、昨年(2023年)に参加した「くりこむ万博」の衝撃は大きいものでした。誰かに誘われたわけではありません。noteを通じて知ったアーティスト、プリちゃんが登壇するイベントだ、ということだけを理由に足を運んだのです。
当然、会場を見渡しても知った顔はありません。
運営メンバーの方々も、出展者さんも、他のゲストたちも、友だちと呼べるような人は、1人もいません。プリちゃんを除けば、知り合いと呼べる人すらいなかったのです。
結局、同じように一人で来ていた他のゲスト("たなひ")と何となく話すようになって、イベントが終わる最後まで、彼と一緒に過ごしていました。でも、イベントが終わったら、またポツンと1人になります。イベントが終わった後の熱狂の名残をすり抜けて、私は1人で会場を後にしました。
「でも、これで終わるわけじゃない気がする」という、根拠のない予感を抱えてもいました。当時の日記には、こんなことが書いてありました。
”何か”が何なのかは、もちろんこの時には分かりません。あるのは予感だけ。そして、”何か素晴らしいものを届けたい”という想いだけ。
実際、イベント1つに参加したからといって、人生はそうすぐに変わるものではありません。自分も"何かしたい"という想いを抱きながらも、私は普通の生活に戻っていきました。
でも、それから数週間が経ち、くりこむを一緒に回った"たなひ"から別のイベントに誘われました。先週ご紹介したキャリアキャンプです。そこで私は、様々な人に出会いました。
イベントの2日間だけでは話しきれなかった人とも後日、仲良くなりました。それが、当時は消防士をしていた"ゲンツ"、当時は旅人をしていた"たーぼー"。(2人も、のちにくりこむのメンバーとなります)
ゲンツとは、キャリアキャンプの時にはほとんど言葉を交わしませんでしたが、後日開催されたくりこむの朝活sunriseで初めて話しました。sunriseで、ゲンツがプレゼンターを務めた回があったのです。
その時に次回のプレゼンターをやってみないかと誘われたことで、朝活の主宰であり、くりこむの主宰でもあるたかちゃいさんとも話す機会がありました。その中で何度か耳にしたのが、「くりこむ万博2024」の運営メンバーを募集している、という話でした。
(↓ゲンツに誘われてプレゼンターをした時の記事はコチラ)
「これで終わるわけじゃない気がする」と思いながら会場を後にしたくりこむ万博ですが、さすがに運営メンバーをやろうとは、最初は思いませんでした。
何ができるか分かりませんし、自分には大それたことのように思えたのです。けれど、ちょうど会社を辞めたばかりだったこともあり、これも何かのご縁かもしれないと、運営メンバーになることを決めました。
そうして始まった、約半年のくりこむ準備の日々は、本当に濃くて楽しいものでした。17人の仲間と共に、合宿で皆でコンセプトを考えたり、くりこむ万博の公式noteを書いたり、会場に掲げる横断幕を皆で作ったり。
直前の休みの日には皆で主宰のたかちゃいさんのご自宅に集まって、ポストを作ったり、受付で使うリストバンドを作ったり、パンフレットを三つ折りにしたりと、まさに”大人の文化祭”な準備期間を過ごしました。
そうして迎えた、当日。
出展者や出演者さん、普段は遠方で会うことがなかなかできなかった運営メンバーも含めて全員が会場に大集結。そこに、ゲストが次々に来てくれました。
会場は、見知った顔であふれていました。運営メンバーはもちろん、出展者さんの中にも、友だちがいて。ゲストとして参加してくれた友人たちもいて。昨年、1人で来て、1人で帰ったイベントの会場に、全く違う景色が広がっているのです。
1年前の自分がこのことを知ったら何て言うかな、と考えました。驚くかもしれません。信じないかもしれません。でもきっと、「あの予感は当たっていたのね」と納得する気がしました。想像はできていなかったけれど、夢見た光景ではあったのです。
慌ただしい1日が終わった時、もう1つ、嬉しいサプライズがありました。運営メンバーの一人でもあり、アート展とマルシェの出点者でもあった”たかひろ”が「いいわけ」という名前をアートにした作品を運営メンバー皆にプレゼントしてくれたのです。
自分の本名が美しく描かれた作品を受け取った時の嬉しさを、何と表現したらいいのか分かりません。ペンネームのみを名乗った会場で、1年後、本名をアートにした作品を友人からプレゼントされるなんて。この1年で、自分は変わったなとも思いました。
本名でも文章を書き、ペンネームでもエッセイを書く。周りの人たちも、ペンネームを私の一部として尊重しつつ、本名も大切にしてくれている。それは、私が心の奥底で求めていた生き方でした。でも、1年前の自分には、そんな生き方を実現する方法は、皆目分かりませんでした。
自分の言葉で話したいと、ずっと思っていました。それを可能にしてくれたペンネームは、確かに大事です。でも、ペンネームだけで生きることはできません。一方で、”書くことが好き”だという自分の核を隠して人と繋がることも、私にとっては不自然です。
だから、知らない人たちにペンネームを名乗った1年後、同じ場所で、今度はペンネームも知っている人たちに本名で呼ばれること。それは、私にとっては特別な節目の瞬間だったのです。
1人で来て1人で帰ったイベントの1年後、沢山の仲間や友人に囲まれるようになるなんて。誰にも伝えてこなかったペンネームを知らない人たちに伝えた1年後、本名もペンネームも知っている仲間たちに囲まれているなんて。
こんな「想像もしない未来」が、なぜ私に訪れたのか。どんなに考えても分かりません。
でも、強いて言うのなら、「現状からは考えられない未来」を自分が最初に信じて、人とのご縁を大切にすること。それが、私の人生を変えてくれた気がします。たった1人との出会いから、世界は広がるのです。
もし、2022年にプリちゃんと出会っていなかったら。彼女が登壇するくりこむ万博2023に足を運んでいなかったら。
会場で"たなひ"と出会っていなかったら。彼に誘われたキャリアキャンプに参加していなかったら。
キャリアキャンプでゲンツと出会わなかったら。彼がプレゼンターを務める朝活sunriseに足を運ばなかったら。
朝活sunrise(と、くりこむ万博)の主宰の”たかちゃい”さんと出会わず、くりこむの運営メンバーになることを決めなかったら……。
ひとつひとつの出会いは小さなものかもしれません。その時に私がした選択も小さなものでしょう。でも、その出会いや選択がなければ次の出会いはありえず、私は、ここにいないのです。
何かを変えたい、今の生活は何かが違う。
本当の居場所は、別のところにある気がする。
そんな、違和感のような想いを抱いている人は、きっとここから何かが本当に変わるのだと思います。今の状況からは想像もできない未来が、沢山の出会いと選択の先にあるはずです。
たった1つのイベントに参加したからって、人生は変わらないかもしれません。たった1人との出会いで、何かが劇的に変わるということもないかもしれません。でも、ひとつひとつの出会いやご縁を大切に進んでいけば、あなたの世界は、もっと広がるのです。……私の世界が広がったように。