- 運営しているクリエイター
#吃音
吃音は結局のところ自分
昔は周りの人が理解してくれたら吃音は楽になると思っていた。
周りが気にしてきないことなんかもう流石にこの歳になったら分かる。環境はある程度自分で選べるし(それすらも勇気がいるけど)、そもそも最近は社会全体が寛容になっている。昔より吃音の認知度は向上し、理解は進んでいる実感はある。(症状が軽度な人はそこに悩む場合もあるから難しいけど。)
周りが気にしなかったら問題ないのか、という答えはノーだった
どん底じゃなくて虚無
大学3年の時、俺は人生のどん底にいた。
吃音が苦しくて辛くて、就職できるのか不安で仕方なかった。サークルを楽しみ、バイトをしながら、就活を難なくクリアしていく人たちが周りにたくさんいることがとてつもなく恐怖だった。優秀な周りの人間との比較でしか自分の価値を図れない自分自身にも腹が立っていた。
結局その時は色々もがいてそのどん底から這い上がることができたが、それから6年後の今の俺は虚無の中にいる。
過去を振り返りながら吃音を考える
最近めちゃくちゃだれてしまう。
これでは俺は本当にダメな人間になってしまう。
それだけは防がなければならない。
自分でもびっくりするくらいしんどいので、カウンセラーに話を聞いてもらうかのように自分のことをこのnoteに曝け出す。一旦自分の軌跡を整理する。
そもそもなぜだれるのかというと、
吃音が治らない絶望感と、自分の目指す場所がわからなくなっているからである。
大学生時代、俺は相当しんどかっ