nehan0923

成人脳性麻痺。左片麻痺。既婚。徐々に身体が動かなくなり杖なし独歩→杖歩行→杖時々車椅子。ニ次障害に悩まされて生きる言語聴覚士。ドラムがないと生きていけない。ダラダラ好きなことだけして生きたい。脳性麻痺をもって生きることをキレイごと無しに備忘録として残していく。

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成人脳性麻痺。左片麻痺。既婚。徐々に身体が動かなくなり杖なし独歩→杖歩行→杖時々車椅子。ニ次障害に悩まされて生きる言語聴覚士。ドラムがないと生きていけない。ダラダラ好きなことだけして生きたい。脳性麻痺をもって生きることをキレイごと無しに備忘録として残していく。

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脳性麻痺。障害者として生きる。

脳性麻痺を持って生まれる。分類するならアテトーゼではない。おそらく痙直型だろう。 痙直型の左片麻痺。 物心がついた時には、右手でなんでもやっていた。左手はついているが、腕が多少あがる程度で握力、指の力はほとんどなく、言うなれば肉の塊。 左手の感覚低下から自分の手の存在を無視する事がある。ケガに気付かない。 左足はというと尖足。これが普通。 見た目以外のところでいうと視野が狭い。普通人は両眼で見ているらしいが、私は右目だけで見ている。左目も見えていないわけではないが弱視の為

    • 障害者(脳性麻痺)が働くということ

      障害者が一般雇用で働くということはやはり容易ではない。 脳性麻痺であることを公表して働いていても同じこと。 STとして働いており、私の場合は一応施設内は杖歩行で移動しているが、業務の性質上、施設内全フロアをぐるぐる巡回する必要がある。 これがすごく辛い。何とか杖で移動しているものの、左足は麻痺側で尖足になり、非麻痺側の右足はヘルニアの影響で感覚があまり無く足を引きずることになる。転けないようにバランスをとるだけで一苦労なのだ。代償として全身の筋緊張が高くなり、疲労感が強くな

      • 脳性麻痺。ドラムのセッティングと演奏。

        脳性麻痺。左片麻痺。  こんなやつがどうやってドラムを演奏するか。 まずセッティングを少しオーソドックスなものから変える必要がある。 セッティングは健常者であろうが障害者であろうが人それぞれ違う。 まず片手で叩くとなると、ライドシンバルの位置に悩む。 ライドシンバルは使わなくても…という意見もあるかもしれないが、せっかくあるなら使いたい。 ライドシンバルはハイハットとクラッシュの間に置いて演奏している。 ハイハットやタムの高さも低めにセッティングをしてスネアとの距離を近づけ

        • 車椅子生活。

          脳性麻痺の二次障害が進行すると、今まで頼りにしていた非麻痺側が動かなくなってくる。そうするとADLが一気に低下してしまう。 最近は朝起きた時に足に力が入らず、仕事を休むことも増えてきた。力が入ったとしても持続しない。

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        脳性麻痺。障害者として生きる。

          歩けなくなる恐怖。

          あと何年歩けるか。 あと何年今の仕事を続けられるか。 最近よく考える。 脳性麻痺の二次障害は確実に進行している。 成人の脳性麻痺をしっかりとフォローしてくれる医療機関は少ない。 脳性麻痺は障害の程度やタイプが様々で自分と同じ症状の人が少ないので参考にならない。 私は一般雇用で働いている。人並みの給料をもらっている。住宅ローンだって組んでいる。 二次障害が進行すればこの生活が崩れていくのだろう。 障害者雇用になると収入が激減して生活に困窮することになる。 将来の職業を決める10

          歩けなくなる恐怖。

          脳性麻痺。運動機能障害以外のこと。

           脳性麻痺。左片麻痺。  運動機能障害は見た目にもわかりやすいので、ある程度周囲の人には認識されやすい。もちろん症状が軽度な場合はわかりくいこともある。  しかし運動機能障害以外のことについては見た目にわかりにくい分、周りの人に認識されにくい。認識されにくいのだから、症状の理解されることはもっと難しい。 見た目にわかりにくい運動機能障害以外のことについて記しておこうと思う。 ・感覚障害について 麻痺側は痛みを感じにくい為、打撲をしても傷ができても指摘されるまで気づかないこと

          脳性麻痺。運動機能障害以外のこと。

          脳性麻痺。就職する。

           脳性麻痺。左片麻痺。  言語聴覚士養成校に通い、最終学年でみんなが就職活動を始める時期、私もクラスメイトと同じように就職活動を始めた。  最初は聴覚分野に進もうと、大学病院や聾学校の採用試験を受けるが不採用。その後いくつも病院の採用試験も受けるがいずれも不採用。書類選考で落ちることも多々あった。 もちろん私自身に問題があったのはわかっているが、病院の採用試験でよく言われたのが、「患者様を車椅子移乗もしないといけません。できますか?」。 できないと伝えたところはことごとく不採

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          脳性麻痺。ドラムを始める。

           脳性麻痺で左片麻痺。  ドラムに一番最初に興味を持ったのは、小学5年生の時に天才てれびくんというテレビ番組で、女の子がドラムを習う企画を見た時。当時の印象は「子供でもドラムってできるんやな。」程度だった。 中学1年生でL'Arc〜en〜Cielの「shout at the devil」という曲のドラムを聴いてドラムってかっこいいと改めて思った。  学生時代からドラムを演奏してみたいという気持ちはあったが、社会人になるまで何かと理由をつけて諦めていた。  社会人になって自

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          脳性麻痺。音楽に触れる。

           脳性麻痺。左片麻痺。  姉や従姉妹がピアノを習っていたり、父親が趣味でフォークギターを弾いていたりで、何かと家では音が鳴っていた。びっくりするほど狭い家で、防音なんて皆無。玄関を出たらすぐに道路で車が通る。そんな立地ながらピアノやギターの音が鳴る。よく苦情が来なかったものだ。  楽器を弾くなんて考えもしなかったが、小学生のころ姉にピアノで連弾するからと言われてピアノに触れたのが最初。 「猫踏んじゃった」を姉の伴奏で無謀にも両手で弾いた。両手と言っても左手は握り拳のまま黒鍵

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          脳性麻痺。学校生活を送る。普通学級で困ること。授業編〜体育以外〜

          脳性麻痺。左片麻痺。左手が動きにくい。普通学級で生活ということは、健常者の身体レベルに合わせた授業を受けるということ。当たり前だか、道具は両手が使えることを前提として作られている為苦労するのだ。 算数 定規や分度器、三角定規やコンパスがうまく使えない。押さえる力が無く直前が引けない。アホなりに考えた解決策が太めの定規を買って顎で押さえる。定規や分度器は顎で押さえた時点で目盛りが見えにくい。線を引く時間は人よりもかかるので図形を書くテスト問題は惨敗。 コンパスは下のノートや用

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          脳性麻痺。学校生活を送る。普通学級で困ったこと。授業編〜体育〜

           脳性麻痺で左片麻痺。当時は今より症状は軽度で身体も動いていたが、それでも小学校になると色々学校生活で支障が出てくる。まずクラスでの自己紹介の時に毎回「生まれつき左手と左足が動きにくいです。」と説明するのがしんどかった。 なぜか言っている途中で泣いてしまったこともあった。クラスメイトはそんなこと言われてもポカーンとするしかない。別に言わなくても良かったが後で色々言われないように自己防衛していたのかもしれない。結果的に全く防衛できなかったのだが。少しでもみんなと同じようにする

          脳性麻痺。学校生活を送る。普通学級で困ったこと。授業編〜体育〜

          脳性麻痺。学校生活を送る。虐めにあって想うこと。

           脳性麻痺で左片麻痺がある。養護学校に行くほど知的障害はない。だから公立小学校に入学した。特別支援学級ではなく普通学級。これが苦難のはじまり。 子供は残酷である。思ったことを素直に口にする。「歩き方変やな」「何で手が動かへんの?」うまく聞き流すことも言い返すもできず、人と距離を置くようになった。嫌なことを言われないように人の顔色を伺うようになった。   脳性麻痺のことが原因かは定かではないが、小学校1年生の頃から虐めが始まった。小学1年生の虐めは今思えば大したことは無く、机

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