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祖母に捧げる〜Dear Granma
1時間ほど前に祖母が他界した。97歳だった。認知症を患い、実家で10年程母が介護をしていたが、2週間ほど前から食事が食べられなくなり、病院で処方された栄養剤で過ごし、次第に寝ている時間が増え、最後はスポンジでふくんだ水を美味しいと飲んでなくなった。穏やかな老衰だった。
私は生まれてから10歳ごろまで祖父母と3世代で暮らしていた。なので、普通の核家族家庭より祖母との距離はずっと近かったと思う。祖母と兄私の3人で日帰りで出かけた思い出もたくさんある。洋裁が得意で、小さい頃はワンピースや人形をミシンで作ってくれた。冬に小学校から帰ってくると、祖母は冷たい私の手を温めてくれた。おばあちゃんってあったかい…。修学旅行には観光地でおじいさんおばあさんの陶器の人形に「長生きしてね」とメッセージがついている謎の置物のお土産物を買ったものだった。
小学校の夏休みの宿題で祖母に戦争の話を聞いたことがある。祖母は女学生で海軍工廠で働かされていたと言っていた。民間人を巻き込む空襲に遭い、大通りに逃げた仲間とは違う方向に逃げ、運よく生き延びれたと語ってくれた。大人になって思い出すと、祖母は少女時代に本当に大変な経験をしたのだと改めて思う。
大正、昭和、平成、令和を生きた祖母は晩年何を思っていたのだろうか。心優しい澄んだ瞳の祖母は、デイサービスでもみんなから愛されていた。
大好きな祖母が旅立って私はとても悲しい。涙が止まらず顔をクシャクシャにしながら悲しみに暮れている。朝からずっと気持ちがザワザワしていた。勘の強い私はそんな時が来るのではないかと全身がいつもと違う波動を感じていて、昼ごろから落ち着かずに食べて飲んでを繰り返していた。満腹感もなければ酔いも回らない。ただ落ち着かなかった。
耐えかねて母にLINEをしたら、たった今祖母が息を引き取ったと返信があった。
きっと数年前に先だった祖父に会いに行ったのだろう。あちらの世界で祖父と喧嘩をしないで仲良く暮らして欲しい。明日は実家に帰り、母と祖母の思い出話でも沢山しよう。
【今日のシュークリーム】シュークリーム@アンフィニ(世田谷区)