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タケノコカレーが教えてくれたこと

日中汗ばむような気温になってきた。

毎年この時期になると感じるのが
電車の中の匂いである。

多くの人が乗り降りする電車なので
どうしても匂いがこもってしまうのは
ある程度仕方ない。

ここ数年は出勤率が下がって
電車の利用者が減っていたせいか
あまり強く匂いを感じることはなかった。

だが、先日電車に乗ると久々に感じるほどの
匂いが社内に充満していた。

しっかり鼻までマスクで隠し、
匂いに耐えながら電車に乗っていると
昔感じたあるエピソードが蘇ってきた。

最近なぜだかマレーシア時代を思い出すことが
多いのだが、それも何か理由があるに違いない。

振り返ること今から13年ほど前、
マレーシアに赴任していた私は
現地のスタッフから食事に行かないかと誘われた。

彼らはイスラム教なので、
日ごろ一緒に食事に行くことは
あまりないのだが、
そのスタッフの実家はどうやら
レストランを経営しているらしい。

他のスタッフ曰く、かなり美味しいと有名だそうで
次の休みの日に私たちを招待してくれるという。

その年の9月に帰任することが決まっていた私は
マレーシアでの思い出作りにちょうどいいと思い
喜んで参加することにした。

そうして迎えた次の休日。

先輩と二人でスタッフの実家のレストランに
向かうことになった。

私は”郷に入っては郷に従え”派なので
現地に赴任中はできるだけ現地の食事を
食べるようにしてきたのだが、
一緒に行った先輩は断固日本食派で、
2週間に1度、2時間半の道のりを車で走らせて
日本の食材が売っている店で食料を
買って生活している人であった。

なので、今回の食事会には極めて消極的である。

私は現地の人が太鼓判を押す料理が
どんなものか楽しみでワクワクしながら
店に向かっていた。

そうして目的地に到着すると、
店の外まで出迎えてくれるスタッフ。

店内(とはいえ半分屋外であるが)に案内されて
私達は席についた。

だが、その時点から、なんとなく店内に漂う香りに
私は嫌な予感がしていた。

ほどなくするとデカいプレートが出てきた。

現地の料理は一皿一皿盛り付けられて
出てくることはほとんどない。

大抵がビュッフェ形式で自分でお米を盛り、
その上におかずを乗せていくようなスタイルである。

この店でもそのスタイルが取られているようで
お米と合わせて、デカいプレートが出てきたのだ。

日本のホテルで朝食ビュッフェがあるが、
あんな感じのイメージである。

すると、スタッフが嬉しそうな顔で私たちに
「これがウチのオススメ料理だ」
と教えてくれた。

人気レストランのオススメとあっては
食べない訳にもいかないし、
何と言ってもスタッフが嬉しそうに
「盛ってやろうか?」と言ってくれているので
私は「沢山盛ってください」と伝えた。

この時はそれが悪夢の始まりとは知らなかった。

彼に盛ってもらった料理は遠めに見ると
いわゆるカレーのようであった。

カレーというとインドを想像する方も多いが
東南アジアの料理もカレーがよく出てくる。

マレーシアのカレーはシャバシャバしていて
比較的インドのモノよりもさっぱりしているので
私はとても好きだった。

なので、今日はカレーかと思い皿を待ったのだが
近くに来たときに、店内に入ってすぐに感じた
違和感の正体が分かった。

それはタケノコのカレーだったのだ。

タケノコと聞くと日本人にとっては
若竹煮やタケノコご飯など、
上品な香りの食材を想像するものだが、
東南アジアでよく食べられる熱帯系の竹の
タケノコはなかなか強烈な香りがする。

最近のメンマはあまり臭いと感じることは
なくなったのだが、
メンマの匂いを濃縮したような匂いがするのである。

東南アジアの市場に行くと、野菜と共に
このタケノコが並ぶことが多いのだが、
このタケノコがあるだけで市場全体に
独特の匂いが充満するほど強烈なものなのだ。

スタッフが持ってきたカレーには
そのタケノコがふんだんに入っていて、
聞いてみると”タケノコカレー”だという。

先ほども書いたように私のスタンスは
基本的に”郷に入っては郷に従え”である。

なので、現地の人が出す料理は
必ず食べるようにしているのだが、
そのタケノコカレーは匂いがあまりに強烈で
さすがの私もスプーンがなかなか進まない。

だが、嬉しそうに私達を見るスタッフの顔を見ると
何だか申し訳ない気がするし、
一緒にきた先輩は完全に意気消沈している。

ここは私が頑張らねばならない。

そう思い、私は意を決してタケノコカレーを
食べ始めた。

読者の方は「食べてみると案外匂いは気にならず・・・」
という続きを想像されているかもしれないが、
そのカレーは口に含むと余計に匂いが強く、
私は鼻に匂いを通さないように意識しながら
口にカレーを流し込んだ。

ガツガツ食べる姿に誘ってくれたスタッフも
満足そうである。

そうして、何とかカレーを食べ終え
安堵していると、
スタッフがもう一杯どうだと勧めてきた。

さすがにもう一杯は勘弁してほしいので
「お腹いっぱいになった」というと、
「お前は若いから食べられるはずだ」と
嬉しそうに私の皿を盛っていき、
2ラウンド目のゴングが鳴った。

こうなっては仕方がない。

横で完全に意気消沈してジュースしか飲んでいない
先輩の分まで私が食べるしかない。

そして2杯のタケノコカレーを食べて
何とか私は先輩と共に店を後にした。

私が沢山食べたのが嬉しかったのか
スタッフも店の人も笑顔で見送ってくれた。

この時ほど自分が優しすぎることを
後悔したことはないが、
それと共に、彼らの笑顔を見られて
良かったなと思った。

確かに匂いは強烈であったが、
味は決して悪いものでもなかったし、
何だか私も現地の人たちに少しだけ近づけたような
うれしさを私は感じていた。

文化が違う国に住みながら、
現地の人と仕事をするとなると、
やはり色んなギャップを感じることが多い。

そしてそんなギャップを感じるたびに
私は何とか現地の人の感覚に近づきたいと
思ってきた。

その形が現地の食事を一緒に食べる事なのかもしれない。

それからしばらくして私は日本に帰任し、
縁あって今の会社に入った。

そうして家族もできたのだが、
今の私は一緒に働く人達とのギャップを
しっかりと埋めようとできているだろうか。

もちろん同じ日本人なので
タケノコカレーのような思いはしないものの、
ここ数年一緒に食事をとるということすら
できていないではないか。

ようやく解禁されたような雰囲気が出てきたならば
たまには職場の人たちと一緒に食事を囲んで
箸を交えることも大事であろう。

まさか電車の中の匂いから職場のことに
思い至るとは思わなかったが、
これも私にとってはマレーシアのスタッフが教えてくれた
とても大事なことなのだ。

ちなみに、この記事を書いて唯一心残りなのが
あのタケノコカレーの匂いを
読者の方に的確に伝えられないことである。



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