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季節外れのユスリカと私

昨日の仕事帰りのこと。

年末が近づいてきたせいだろうか
いつもよりも通勤電車が空いており
久々に乗った瞬間から座ることができた。

私が座ったのは窓際の席。

もう暗くなった外の景色をふと眺め
本でも読もうかとカバンを探ったとき
視界の片隅にあるものが目に入った。

小さくて一瞬わからなかったのだが、
よく見てみると電車の窓にユスリカが1匹
止まっていたのである。

ユスリカと言うと蚊の仲間と勘違いされて
見るなり無条件に叩く人もいるが、
実はユスリカは一切人を刺さない昆虫で
分類的には蚊というよりもハエに近い。

春や秋に蚊のような昆虫が大量に群がって
蚊柱を作っているのを時々みるが
あれがまさにユスリカである。

大きなものになると30万匹ほどのオスのユスリカが
メスをめぐって蚊柱を作ると言われており
季節の風物詩でもある。

そんな昆虫であるユスリカがなぜか
年末も差し迫ったこの時期に電車の中にいたのだ。

昨日は比較的暖かい一日であったが、
飛翔昆虫にとっては決して十分な温度ではない。

しかも私が見つけたのは帰宅途上だったので
もはや夜である。

このまま屋外に出たなら、どこかに止まったとたん
飛翔できなくなりそのまま死んでしまうだろう。

冬になるとこのユスリカをはじめとして飛翔昆虫を
一気に見なくなる。

それは昆虫が飛翔をするためにはある程度
筋肉を温めておく必要があるからである。

歩くぐらいならばそれほど大きな筋肉の動きはないので
冬場でもできるのだが
飛翔するとなると筋肉をスピーディーに
動かさなくてはならない。

昆虫は変温動物なので外気温にともなって
体温が下がっていってしまう。

そうすると、必然的に筋肉の温度が下がり
飛翔ができなくなってしまうのだ。

寒くなり始めの時期の朝に葉の裏についた
蝶々を捕まえてみると驚くほどあっけなく
捕まえることができるが、
これはまさに飛翔するための筋肉が
温まっていないから飛翔ができないためである。

恐らく昨日電車の中で見たユスリカは
気温が高いときに羽化して、飛翔し始め
偶然電車の中に迷い込んだのであろう。

本を開こうとする手を止めてしばらく
そのユスリカを眺めていると
ふとこのユスリカの姿が自分の様に思えてきた。

私達はどういうわけか人間として
この世に生を受けた。

私にとって地球という世界はとてつもなく広いが、
この地球から出ては恒久的に生きる事は
今のところの技術では難しい。

私達はある意味、この限られた空間の中で
生きる事を運命づけられた存在なのである。

その中で色々な人に出会い、そして少しでも
行動範囲を広げて自分の存在価値を
見出そうとする。

だが、それは地球という世界の枠から見てみれば
その中で動き回るチッポケな存在にすぎないのだ。

まさに電車の中で飛翔するこのユスリカと
同じなのである。

私達は電車を降りて違う世界に行くことができるが
このユスリカは電車を降りた時点で
世界が広がることはない。

彼らに待ち受ける未来は決して明るくはないが
それは私達も同じである。

いつまで安定的に存在してくれるかは
誰にも分らない地球という電車に乗って
生きている一つの生物に過ぎないのだ。

そう思うと、今こうして限られた空間の中で
飛び回ることを躊躇していることは
とてももったいないことのように思える。

幸い私達が乗る電車には多くの仲間がいて
そして家族もいる。

ならば、恐れることなど何もない。

思い切って好きなようにこの限られた世界を
動き回ればいいのだ。

偶然出会った季節外れのユスリカが
何だか私にそんなメッセージを教えてくれた気がした。

そんなユスリカが少し愛おしく思えてきて
そっと手を差し出したが、
私の思いは当然ユスリカに届くはずもない。

スッと私の近くを離れ飛んで行ってしまった。

まもなく来年がやってきてしまうが、
このユスリカがくれたメッセージをもとに
思い切り飛び回っていきたいと思う。

ちなみに夏場によく見る巨大な蚊のような
飛翔昆虫がいるが、
あの昆虫はガガンボという。

こいつも見た目が蚊に似ているので
なぜだか皆に忌み嫌われてしまうが、
ガガンボも決して人を刺すことはない。

何だかこの手の飛翔昆虫たちは蚊によって
著しくイメージを落とされている感が否めない。

こうして少しでも彼らについて記事に書くことは
昆虫好きという少し変わった特性を持った私にできる
一つのミッションなのかもしれない。

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