「行政の仕事を市民が自由に覗きこんでハックする」 滋賀県庁を舞台にしたデザインスプリントをやってみた話
2021年9月、滋賀県庁を舞台に4週間のデザインスプリント「Tech Lake Sprint」を開いた話。プログラム終了後、運営チームと行った振り返りで、「公式のレポートで書けなかったことは各当事者個人のブログなどで発信しあうことで、多角的なリフレクションを試みよう」という話をして、自分はこの note で書くことにした。公式のレポートは以下ページにまとめてある。
Tech Lake Sprint は「行政×デザイン」の試みの失敗から生まれた
海軍の中における「海賊の居場所」づくり
Policy Lab. Shiga がフェードアウトしてから、クリスチャン・ベイソン氏が自分たちにアドバイスしてくれたこの言葉が、自分のなかではずっと引っかかっていた。
Policy Lab. Shiga は Steve Jobs の "It's better to be a pirate than to be a navy."(海軍に入るより、海賊であれ) という言葉から、「海賊」たる立ち位置でアクションを試みたプロジェクトだった。でも我々が所属するのは「海軍」だったことを忘れていた。Policy Lab. Shiga の成功と失敗から、海軍の中における海賊の居場所について、クリスチャン・ベイソン氏の言葉を思い出しながらずっと考えていた。
組織(フォーマル)と対峙するのではなく、自分が責任の持てる範囲のなかでインフォーマルを貫けないか。大きなルールや政策をハックするのではなく、小さい業務をハックすることで、自分が行政のなかで立てた「問い」に答えることができないか。
その思いでやってみたのが、「Tech Lake Sprint」だった。
行政をアクセシブルにする
これはあくまで後付けによる言語化なのだけど、Tech Lake Sprint のコンセプトは「行政をアクセシブルにする」というものである。プログラム開始直前に見つけた小飼弾氏のツイートが、まさに自分の問題意識を言い当てたものだったので、その言葉を後付けで勝手に拝借している(ちなみに当初は「野良DX」という言葉をコンセプトにしていた)。
行政の仕事を市民が自由に覗きこめるようになることで、行政の仕事は市民中心に変わるんじゃないだろうか。市民が覗き込んだときに立てられた「問い」を起点にしてハックすることこそが、いわゆる自治体DXの本流なんじゃないだろうか。
行政のとある小さな業務にフォーカスをあて、その業務に携わる職員らを対象に、参加者が自由に観察やインタビュー等を行う。そこから参加者ら自身がその業務(アウトプット)に対して新たな価値を見出して、その価値を表出させるような仕掛けを考える(行政に提案するのでもよいし、参加者自身で勝手にサービス化するのでもよい)。そういうプログラムができないかと考えた。
ただし長期間だとだれてしまうし、Startup Weekend のように、短期集中的に取り組むことで参加者間のフロー状態をつくりたい。そこでこのプログラムはデザインスプリントの方式を取り入れてみることにした。
実現に向けた、コロナ禍での試行錯誤
Policy Lab. Shiga で生まれた繋がりが実現の土台に
とはいいながら、これを県庁の事業として正面から実施しようとすると Policy Lab. Shiga の二の舞となる恐れが高い。何せ「行政の仕事を市民が自由に覗きこめるようになる」というコンセプトを事業として行う県庁としての大義名分が組織的に作れていない。
そこでこのプログラムを進めるには、ある程度外部からのアクションが必要だと考え、自分が当年度に事務局を担当することになった「滋賀県地域情報化推進会議」という産学官民連携団体の枠組みを活用することにした。この団体が抱えていた課題と掛け合わせる形であれば実施できると考え、事業計画を書き、承認してもらった。
また、自分が県庁を離れても実施できる体制をつくりたかったので、このプログラムのファシリテーションについては自分以外の人にもコミットしてもらえたらと考えていたところ、Policy Lab. Shiga の活動をずっとウォッチしてくれていた一般社団法人インパクトラボの人たちがこのプログラムに関わってくれた。あらかじめPolicy Lab. Shiga のことやデザイン思考に関するある程度の言語合わせができていたので、運営側のチームビルディングには全く苦労せず進めることができた。
また、肝心の「観察やインタビューの対象となる業務」については、県庁のCO2ネットゼロ推進課の方々の協力を得ることができ、以下の2つの業務を対象にすることとなった。
環境にやさしい県庁率先行動計画(グリーン・オフィス滋賀):県庁の各機関から、前年度の電気・灯油・ガス・紙・公用車のガソリン使用量などをExcelシートで報告してもらい、集計のうえ取りまとめるというもの
“しがCO2ネットゼロ”ムーブメントの推進・取組みへの賛同者募集:2020年4月に知事が宣言した「“しがCO2ネットゼロ”ムーブメント」に対して、その取組みの賛同者を募るというもの
この業務が対象に至った色々な経緯についてここでは省くけど、これらの業務の担当参事もまた Policy Lab. Shiga の活動をウォッチしてくれていた方だったので声をかけやすかったというのが個人的には大きかった。
こうして事業計画も通り、チーム体制が整い、呼びかけを始めることとなった。4週間という期間にどれだけの人が手を挙げてくれるか心配ではあったのだけど、いろんな方から紹介いただけたおかげで、20名の方にエントリーしていただくことができた。高校生や大学生から社会人まで、銀行からIT企業まで、エンジニアや営業職から会社経営者まで、様々なバックグラウンドをもった人たちが参加してくれた。
Policy Lab. Shiga の試み自体は県組織や制度に浸透させることができなかったけど、当時のことを知る人たちに関わっていただけたおかげで、「行政の仕事を市民が自由に覗きこんでハックする」という類を見ない新たな試みを野良的に行うことができたと思っている。
緊急事態宣言によってフルオンライン開催へ
ところが、プログラム実施直前で問題がおきた。緊急事態宣言だ。このプログラムは、参加者が直接現場に訪れ、業務を観察したり職員にインタビューすることが何より肝なのだけど、そもそも20名もの大人数がこの緊急事態宣言のタイミングで県庁に集まるということが、庁内の判断でNGとなってしまった。
正直延期も視野に入れたのだけど、この状況がずっと続くかもしれないし、また同じ条件のなかで Startup Weekend ではフルオンライン開催しているという話も聞こえていた。チームや関係者らと相談・検討した結果、我々もこの状況下でできることをやろうというので、フルオンライン開催で行うことを決めた。
チームのやりとりは Slack と Zoom を中心に行った。また職員のインタビューも原則として Zoom での実施となった。特に職場の行動観察については、職場スペースから中継できれば一番よかったのだけど、Zoom の使える会議室を借りて疑似的な行動観察を行うに留まった。不本意なことはたくさんあったのだけど、これもまた学びだと捉えることにした。
チームによっては miro や Mindmeister などのマインドマップツールを使ったり、Google Docs のほか Quip を使ってドキュメントを共同編集することで、チームごとにすり合わせを行っていた。
また中盤になると、希望するチームを対象に、感染対策上色々な制約つき(肝心の職務室への立入りができない等)ではあったけれども県庁に来てもらい、可能な範囲で観察を行ってもらえるようにした。
実際にプロトタイプを県庁に設置して、県職員の反応を確認する検証を試みたりもした。
こうして様々な制約のなか、試行錯誤による4週間のプログラムを実施した。レポートは Policy Lab. Shiga のやり方と同様に、ほぼリアルタイムにウェブサイトに載せていくスタイルをとることで、庁内含む周囲の人たちに勝手に伴走してもらえるようにした。
アクセシブルになると、そこにデザインは生まれる
結果詳細は上記レポートのとおりだけど、プログラムとしての短期的な成果はこんなところだと整理している。
CO2ネットゼロの社会づくりというテーマの業務に対し、業務担当者が当初求めていた「業務時間の削減」というフレームを、洞察の結果から「主体的なプレイヤーが増える」というフレームに替えたこと
「主体的なプレイヤーが増える」ためのアクションの第一歩を確認しあえたこと
このことに関連して、プログラム終了後、各チームの発表を受けてCO2ネットゼロ推進課の担当者が以下のコメントを寄せてくれた。
アクセシブルになると、そこにデザインは生まれる。振り返ってみれば Code for Shiga / Biwako で行ったびわ湖大花火大会ハック然り、Policy Lab. Shiga の試み然り、そのような関係づくりが仲間を呼び、「ともに考え、ともにつくる」仕掛けができたのだと思う。
プログラム終了後、チームによっては打ち上げを行うところもあったり、引き続きCO2ネットゼロ推進課の取組みをウォッチしたりコミュニケーションを試みるところもある。
公式レポートでも書いたが、発見やデザインに基づくこのようなアクションが、継続的に行われていくこと、そうした習慣が当たり前になっていくことが、デザインスプリントを行った後では重要になると思う。その意味でも、野良でもいいから、フラットかつ相互的に公共をデザインしあえるような仕掛けを続けていくことができたらと思っている。
より良いデザインを目指すために、改善した方がよさそうなこと
一方でこのプログラムをやってみてうまく行かなかった点も数多くあった。
このような仕掛けがより意味のあるものにするためにも、プログラム終了後にインパクトラボの面々と振り返り会を行ったのだけど、その時の記録を整理するとこんな感じ。
プログラムの長さ(4週間)をもうちょっと短期にする
特に後半の「検証&テスト」でだれてしまった。この期間をもっと短期間に設計して、「デザインスプリント」の繰り返しを促せばよかったのではないか。
ただ一方で、そもそもフルオンラインの状況で短期間による検証&テストが行えたのかどうかも疑問で、チームによっては時間の幅があったからこそ検証できたところもあった。デザインスプリントは一般的には「連続する5日間」という期間で設計されるらしいが、次回は「連続する2週末」にするなど、最低限の改善余地があると思う。
予め参加者一人ひとりのマインドセットを整える
今回のチーム編成は、参加者に事前アンケートをとり、運営側でチームをつくる方式をとったのだけど、そもそもチーム編成の前に、予め参加者が何を経験したいのか、何を獲得したいのかを言語化しておき、参加者全員が共有しあえる時間をつくる必要があると思った。
また、この種のプログラムに参加する人たちは「スキルアップ」を目的にする人と、「ビジネス・人脈づくり」を目的にする人たちがいる。その焦点は予め運営側が設定しないとマインドセットが整わないし、受入側のホストも受け身になってしまう。
事前のトレーニングにもっと時間を割けるようにする
参加者には予めお題となった業務の概要は伝えていたが、観察やインタビュー、仮説設定や検証のコツについては十分なトレーニングができなかった(初日に観察のトレーニングは行った)。
Policy Lab. Shiga では1ヶ月かけてトレーニングを行うことでマインドセットを整えることができたが、そこまで実施することは困難なので、最低限、事前に動画などの形で「予めこれは見ておいてね/トレーニングしておいてね」というレクチャーを提供しておくと良さそう。
伴走者が複数のチームを俯瞰できるようにする
プログラムでは、伴走役のスタッフを1チームにつき1〜2名ずつ運営側から送り、トラブル時などに対応できるようにした。一方で自分はできるだけ全チームの動きを網羅しようと、各チームのリーダーや伴走役とコミュニケーションを取っていたのだけど、今回フルオンラインとなったことで、伴走役ですら他チームの動きが掴めず、「他のチームはどう動いているのか」という質問が多くあった。
各チームがもっと横断的に会話しあえるような Slack や Zoom の運営方法もあったと思うのだけど、最低限、自分だけでなく伴走役のスタッフも各チームの動きを俯瞰できるよう、伴走役は1人が2チーム分担当するなどしておくともっと良かったかもしれない。
このコロナ禍のなか、我々以外にもいろんな「行政×デザイン」の試みを行った人たちがいるのも聞いているので、そういった人たちの振り返りとも重ねながら、よりよいデザインに向けたアクションを行えたらいいなと思う。