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高杉隼人
2016年8月30日 00:19
病院への外来を終え、私は病院前のバス停からバスに乗り込む。この時間は人が少なく、お年寄り四人と中年男性二人しか乗っていなかった。車内は二人のおばあさんが大きな声で喋っているだけで、後の人たちは夢の中だ。 私はバスに揺られながら、流れる景色をただ見ている。時が流れていくような速さで、景色が移り変わっていく。全ての記憶を失ってからの三か月は、流れていく景色のようにあっという間だった。でも、断片的
2016年8月22日 22:50
私の脳裏に浮かんだ光景の話を聞いて、相沢先生は唸るような声を出した。スマートフォンが発見できなかったことが、彼を一層唸らせた。 あれからも、何度かスマートフォンに関する光景が思い浮かぶようになった。電話をしている場面、メールをしている場面、イヤホンを差し込んで好きなシンガーソングライターの曲を聴いている場面。どう考えても、あれは私の所有物であることに間違いない。でも、見つからない。それが私た
2016年8月7日 01:17
記憶を無くす前の私が住んでいたアパートは、築十年ほどの四階建てアパートだ。古くもなければ新しくもない。茶色い外観のどこにでもある普通のアパートだ。 私たちは管理人の金子さんが住んでいる一階の家を訪ねた。ドアを開けて出てきたのは、丸い眼鏡をかけて少しふっくらとした体型の温厚そうなおばさんだった。家の中からは、テレビドラマの音声が聞こえてくる。「あら、若葉ちゃんじゃないの。今までどこにいたの