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文化依存症候群と骨盤矯正

この記事の読む時間目安:10分

どうもこんにちは。
「北海道の若手治療家と学生をつなぐ人」ハナダハヤトです。

みなさんは、クライエントの症状を紐解いていく過程で「文化」という視点はお持ちですか?

今回は「文化」と「治療法」の関係性についてお伝えします。この視点から臨床を見ていくと、より深く患者の抱えている問題を探ることができるかもしれません。

「文化依存症候群と骨盤矯正」。
ぜひ最後までご覧ください。







文化依存症候群

精神科領域では「文化依存症候群」という疾患の大枠があります。

これは、特定の地域、民族、時代、風習や文化のある環境において発生しやすい精神疾患を総称する枠組みです。

例えばマレーシアでは「ラタ」と呼ばれる文化依存症候群がみられます。

「ラタ」はマレーシア語で「リラックスしていない状態」を指します。驚いて頭が真っ白になった際に、言われた言葉を復唱したり、指示された行動を言われたままに取ってしまうなど、我を忘れた行動してしまうことがあります。特に中年女性に多く、女性に従順さを求める同国の文化が影響しているとされています。

このように、他の文化圏の人間にとっては理解しがたい行動や症状が、文化を背景にして実際に発現してしまうことがあります。





対人恐怖症

身近な例をあげましょう。

自分が他人を不快にしていないか、嫌がられていないかを過剰に気にしてしまう「対人恐怖症」は、日本において古くから特異的にみられる恐怖症で、海外ではそのまま「Taijin kyofusho symptoms」と訳されます。

主な恐怖対象としては、

  • 赤面恐怖

  • 自己視線恐怖

  • 自己臭恐怖

  • 表情恐怖

  • 醜形恐怖

などがあります。

人前で顔が赤くなることに対して極端に不安を感じる「赤面恐怖」は、かつて日本において多く見られ、「恥の文化」を持つ日本の社会的風習が背景にあると考えられています。

ちなみに、1980年にアメリカ精神医学会が「社会恐怖」と呼ばれるより広いくくりで定義した以降では研究が進み、日本の有病率1.4%に対し、欧米では生涯有病率12%に上るというイメージと異なる現象が起きています。

これは、日本では社交不安を感じる人を「内気な性格」として受け入れる風土(=受診しない)がある一方、アメリカでは自己主張することを要求される文化的な背景があるため、異常とみなされ受診につながりやすいことが影響しています。

このように精神科領域の疾患の中には「文化」に依存した振る舞いを見せるものが数多くみられます。





ルートワークに見る医学的裏付けの脆さ

「呪いによって心身に不調が起こる」と信じる文化のあるアメリカ南部の一部地域では、「呪い袋」を身近に置かれることによって生じる「ルートワーク」という文化依存症候群が見られます。

呪われたことにより死への恐怖を感じ、精神の異常、嘔吐や下痢といった身体症状が"実際に”現れます。

このように精神の不調が体の症状として現れることを、「身体化」と呼びます。"実際に現れる”ので、"気のせい”とは異なります。

そしてこのルートワーク、その治療方法が非常に興味深いです。

ルートワークの伝統的な治療法は、ルートドクターと呼ばれる地域の治療者が、その人にかかった(あるいはかかったと信じている)呪いを解く事です。

自分に呪いを掛けた相手の声が聞こえてくるなどといった症状は、薬物療法でコントロールできるでしょう。しかし、その原因が呪いを掛けられた事にあると信じている以上、ルートドクターに呪いを解いてもらわないと、たとえ治療によって症状が消失しても、治った事を本人が認めないのではないでしょうか。実際、ルートドクターに呪いを解いてもらうと、心身の不調から良好に回復するケースが少なくないようです。

引用元 https://allabout.co.jp/gm/gc/443629/

精神科での治療以上に、地域の呪術師に呪いを解かれる方が治療効果が高いことがあります。

医学的な理論や裏付けがないアプローチでも、症状が軽快してしまうという事実がこの地球上で起こっているわけです。





「設定」が治療結果に影響する

こういった文化の中で、ルートドクターが取るべき行動は呪いを解くパフォーマンスです。
ルートドクターがどんなに考察の深い方だったとしても、「呪いで体調不良になるなんて迷信なんだから、元気だしなさい」と言っても何ら解決にはならないわけです。

※ ▼およそこんな世界観

このように「文化に依存した障害」は、整合性のある検証を土台にする西洋医学よりも、「その文化において正しいとされている治療法」のほうが効果として上回るケースもあるということを、感じていただけたかと思います。

これを言い換えれば、

例え論理的に誤りのある手段だとしても、「『症状Aには、治療Bが効く』という設定」がある環境下では、その通りの変化がおこりやすくなる。

ということです。

セラピストの皆さんが施術前に行っている「症状と治療計画の説明」は、この「設定」を患者に刷り込む役割があります。





「骨盤矯正」の論理的課題

施術前の説明に「骨盤の歪み」を用いて説明し、骨盤矯正メニューを勧めているセラピストの方も多いかと思います。

しかし、「骨盤の歪み=あらゆる痛みの原因」とするのには論理的課題が付き纏います。

例えば、

・骨盤の歪みもみられる腰痛が、骨盤の偏位には一切触れない他のアプローチで改善したらどうでしょう?
・通院して主訴が消失したにもかかわらず、骨盤の偏位が初回と変わっていなかったらどうでしょう?
・初回のクライエントで、骨盤が歪んだから腰痛になったのか、腰痛が生じたことで骨盤が歪んだのか、前後関係が分からない場合はどうでしょう?
・同じように骨盤の偏位を修正したにも関わらず、熱意のあるスタッフは改善して、骨盤矯正を信用していないスタッフは改善しないなど、スタッフの精神性に影響される場合はどうでしょう?

もちろん「見立ての問題」も無視できません。しかし、このようなことは日々臨床で起こっていますよね?

骨盤の歪みが必ずしも痛みを引き起こしているわけではなく、また骨盤の歪みを矯正することが必ずしも症状改善に必要な条件にはなり得ないということは、プロとしてうやむやにせず、一旦は正面から受け止めるべきです。

我々が普段行っている施術は、上記のような「解剖学では説明がつかないランダム性」から逃れることはできません。「ランダム性」とはすなわち解剖学だけではない「隠れた交絡因子の存在」を意味します。

ですから「骨盤の歪み」だけで全ての痛みを語ろうとするのは原理的に難しく、これは骨盤矯正に限らずあらゆる整体理論や手技のテクニックに言えることです。





「骨盤矯正」という世界観

しかし、今や雑誌でもテレビでも「骨盤矯正」。街を歩けばいたるところに「骨盤矯正」の看板。整体に行けばオススメは「骨盤矯正」。

時には整形外科で、長期的に症状が改善しない場合に、患者への説明に困った医師の口から「骨盤の…」という言葉が出るくらいです。実際にそう医師に促されて来院したクライエントを、ご経験されたことがある方もいらっしゃると思います。

そうした「骨盤矯正という世界観」を背景に私たちの治療は成り立っている、とハナダは考えています。

  • “骨盤が歪むと腰痛になる”という文化がある。

  • “地域の整体師によって骨盤矯正をしてもらうことで改善する”という広く一般に認知されている治療法がある。

  • 論理的な課題も見られる治療法であるが、それでも効果の出る群が一定数ある。

以上のことから、解剖学的な裏付けはあるにしても、骨盤の歪みにまつわる諸症状は「文化依存症候群」の性質がある、という視点でハナダは臨床を見ています。





クライエントの背景にアンテナを張る

こうなると、我々が学んだり、患者から引き出したりする情報は「体のこと」だけでは圧倒的に足りないということになります。

解剖学の考え方も大切です。
痛みについて考察を深めることも大切です。

しかし、
そこに「患者の生活背景」という視点を持ち合わせることを私たちは忘れてしまいがちです。

目の前のクライエントが、
どんな価値観を持っているのか? 
どんな健康情報に触れて過ごしているか? 
どんな環境に身を置いているのか?

どんな生育歴があるのか?
…などについて「アンテナを張る」ことは、施術内容や方針、説明する際の言葉の選び方を決める上で非常に役立ちますし、考慮されるべき項目です。

「これを問診で必ず尋ねよう」という主張したいのではありません。
“そういった視点を忘れないようにしましょう”ハナダは伝えたいのです。

ですから「アンテナを張る」という表現を選んでいます。





バンドワゴン効果の臨床応用

(2022年6月1日加筆)

文化という視点で話を持ち出すと、
我々ような医療業界というものは、

平均値正常値を設定し、その方向へ修正するというところに「健康」というラベルを貼って価値を持たせています。

ヘモグロビンA1C
血圧
1日の食塩接種基準
などなど…

こうした「多数派」の数値に近づけることが、そっくりそのまま「健康に近づくこと」だと感じる一般の患者さんは多いはずですし、そのイメージは広く浸透しています。

言い方を変えれば、
世間一般的には「平均値」=「正常値」と考えやすいということです。骨盤の前傾角度が平均9度だと
しても、それが目の前の患者に対しても適した角度なのか?といった検討は必要になります。

こうした、マジョリティの状態や選択に迎合し、それによって安心感を得るといった反応を「バンドワゴン効果」といいます。

「骨盤矯正」のような、平均値に近づく変化を起こす施術というのは、「健康になれる」というイメージを強く患者に持たせます。それによって生じた結果が予測通りであれば、そのイメージはますます強化されていきます。

そういった背景を踏まえると、プロとして「平均値」=「正常値」という短絡な結び方は、最適解から離れる一因となる危険性を持ち合わせます。

「正常値」「平均値」「あなたにとって適した値」は別物でありつつも、

「平均に近づける」というアプローチが、いかに患者に対して【良いものが提供されている】という前提を構築しやすいか、は十分視野に入れられるべきだと考えています。

そういった事柄も踏まえて、
「文化」というものは疼痛に影響を大きく持つといっても良いですし、これを踏まえて臨床を見ていくことをハナダはお勧めします。

みなさんの新しい視点にしていただけましたら嬉しく思います。



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