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朝の落とし物

開店前の掃除は私の朝の仕事の一つである。売場の床拭きがメインだ。巨大なお掃除シートを使用する。
床拭きをしながら落ちている商品があれば拾ったり、陳列に乱れがあれば可能な範囲で手直しをしたりする。朝は他にもやることが多いのであくまでもざっと、お客様から見て見苦しくない最低レベルで手早く、である。

この床拭きの際には色んなものを拾うことになる。シートに絡みつくものは敢えて拾わないが、目立つくらい大きなものや、性質上、床を引きずっていくのに抵抗を感じるもの(かえって汚れが床に付着してしまうものなど)はその場でチリトリに回収するか、面倒でもレジ横のゴミ箱に直接入れるようにしている。

最近はコガネムシやコオロギなどの虫の亡骸が多い。気味が悪いので直接手では拾わず、チリトリ行きにする。珍しいところではトンボ、バッタなどもある。店の周囲には大きな幹線道路が二本通っているし、すぐ近くには乗降客数の多い駅があるという街なのに、一体どこから来るのだろう。
羽蟻が大量に飛来して困ったこともある。遅くまで電気が煌々と点いているので、誘蛾灯のようになっているらしい。自動ドアが開いた僅かな瞬間に入ってきてしまうようだ。
清掃係の方々と難儀して始末したこともあったが、飛来する時期が限られているようで、急に見なくなった。死んでいるから悪さはしないが、量が量なのでどうにも気持ち悪いものである。

よく落ちているのが、靴の裏の崩れ落ちたもの。加水分解してボロボロになった靴を履くとこうなる。大抵、試し履き用の椅子の側に落ちていることが多い。今履いている靴がどうしようもなくなって、代わりの靴を買いに来たお客様が落としていかれるのだろう。こんなにボロくなる前に、早めにまともな靴買いいや、とツッコミを入れつつ掃除する。
千切れた値札が落ちていることもよくある。これは捨てずに、売場担当者に渡さねばならない。今店にある商品の値札が千切れただけなら、つけ直す必要がある。売れてしまっていれば普通に廃棄して良い。前日の売り上げを確認すれば容易にわかる。
マズイのは値札を千切って商品だけをかっぱらわれた場合である。この時は店長に報告が必要になる。売場担当者の「やられた!」という悲鳴を聞くこともちょくちょくある。

ちょっと変わったものが落ちていることもある。
私が拾ったことがあるのは、生のアボカド。多分、食品売場でお買い物をされたお客様が、商品を見る時にうっかり落とされたのだろう。一応拾得物になるのでサービスカウンターに届けたが、担当の方と顔を見合わせて、
「靴売り場に落とし物です。よろしくお願いします」
「はあい、わかりました。お預かりします」
と苦笑いしつつ、やり取りすることになった。
寄席のチケットの半券を拾ったこともある。もう日が過ぎていたので勿論処分したが、コロナの五類移行後間もない頃だった。ああ、皆さんやっとこういうことが遠慮なく出来るようになったのだなあ、と感慨深く、なんだか嬉しくなってしまった覚えがある。

この時期必ずと言って良いほど拾うのが、どんぐりである。お母さんの買い物についてきたお子さんが落としていくのだろう。今朝も落ちていた。
近くにどんぐりのなる木はないから、幼稚園のお散歩や小学校の校外学習などで拾ったものだろうか。ウチの子もよく拾って帰ってきたなあ、と懐かしく思いながらチリトリに入れる。勢いよく箒で掃くと、『コン!』と高い音がしてどんぐりはめでたく回収される。
お子さんの大切なお宝も、残念ながらゴミ箱行きである。

お子さんと言えば、舐めかけの飴や一旦口に入ったとおぼしきチョコレートなどは大変困る。商品にくっつくよりはましだが、床から剥がすのは結構骨が折れる。ちゃんと綺麗にするには清掃係さんの助けを借りねばならないこともある。ガムは専用のスプレーが必要なこともあり、絶対にやめて欲しい。
食べるなら最後まで食べきって欲しいものだと、痛切に思っている。

こんな具合で開店後のお客様を気持ちよくお迎えするための時間は、季節を感じたり、どんなお客様が来られたのか想像したり出来る、私にとってちょっと楽しい、贅沢なひと時でもある。

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