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3、今更ながら成人式【『地上の星』独り言多めの読書感想文】



 自分で書いてるクセに忘れるんだよね。設定。
 種元を忘れるために弾正の元に嫁ぎ、何不自由ない暮らしの中で弾正に自分とは別に恋人がいることを知った京。ここで夫婦仲が冷め、仮面夫婦生活が始まるのが普通。ただ京は「箱入り(まだ)娘」
〈「私はなにゆえ、なんの安らぎもない殿といまだに暮らしているのだろう」〉としながらも〈「殿は私に、すまぬと詫びられた。それなのに私は今も、殿にまとわりついて」〉としている矛盾は、京の設定を忘れると容易く理解を誤る。
〈「叔父上より見場のよい、強い武将でなければと思ってきた私が、好いてみれば父上ほど年の離れた人だとは」〉から、通常の恋する女性目線に戻してしまうことで生じる誤差。設定はあくまで「箱入り(まだ)娘」。「弾正に嫁ぐ時を『お京10歳』とし、『お京成長期』として読み進めること」こそ外してはいけない枷なのだ。
 
 
〈種元が丸木橋をたった一矢で焼き落とすのを見て、お京はあらためて種元の凄まじさを思った〉〈幼い日のお京はずっと種元だけを慕っていた〉
 
 何不自由ない暮らしの中で、弾正に自分とは別に恋人がいることを知ることで生まれたのは生理的嫌悪感。例えるなら「父親が浮気していることを知った娘の感情」
 その後訪れた「箱入り(まだ)娘」の、子供から大人への転換期。ある種の成人式。自ら引いた線は、奇しくも城を追われた時のもの。〈「城に火をかけても宜しゅうございますか」〉。そうして自分のために用意された打ち掛けに火を放つ様は、一方的に与えられることに対しての決別にも見える。だからその後の言動がそれまでのお京には考えられないほど大人びる。
 
〈「叔父上の城に手厚く迎えられ、皆からも恵まれていると思われて、なぜそれで私は満足せぬのか」〉
〈「他に天草のためにせねばならぬことがあるはずではないか」〉
 
 周りが勝手に動くもので、やってもらうことが当たり前だったお京が、震えながらも傷つく覚悟をする。箱入り娘が自らの意思で外に飛び出す。この段階で京は大人に「成った」。地に足がつき、負えない責任を負おうとする。自らを「傲慢」とし、己の利だけを考えていた生き物が、社会のために動く生き物へ。それはだから、保護者としての弾正への決別でもあったのかもしれない。この後〈弾正がお京を見つけてパッと明るい顔をした〉場面、
 
〈姫。儂はの、城を討って出る〉
 
 勝てる見込みなどない。けれども弾正は自らの命を賭けたいと言う。その時の京の様子がこれだ。
 
〈「何を気みじかな」お京は苛立って顔を背けた〉
〈「叔父上は籠城と決めておいででございます」〉
 
 自ら打開するための道筋を立て、その筋が叔父と一致している。どう考えても城を包囲された状態で、個にも等しい小さな足掻きなど短慮である。けれども弾正は気にも留めない。〈子供でも諭すようにお京の肩に手を置〉いた。
 
 仮に女性を弱い生き物、守るべき生き物だと認識していたとしたら、男性は、あるいは驚きが大きいかもしれない。大人になったばかりの子供が最も嫌がるのは、子供扱いされること。
 
〈儂はの。姫を宝じゃと、思うておる〉
 
 弾正は里桜の流れた子の父だったのかもしれない。そうしてその子を見るように京を見ていたのかもしれない。それなら里桜がいながら口にしていたこのセリフもしっくりくる。
 対して京の胸中、〈不意に弾正が疎ましくなった。なぜこんな男にかかずらって一生を無為に過ごしてきたのか〉
 完全に鬱陶しくなっている。好きなら不都合にも目を瞑れたものが、一切のバフがなくなる。はるか年上であるクセに短慮。そんなつまらない男が自己満足のために命を賭けると言う。生まれるのはやっすい武勇伝。だから〈お京はついに舌打ちをした〉
 
 余談だが、年齢を20ずつ区切って四季を当てはめ、生まれてから20歳までを春、21歳から40歳までを夏、41歳から60歳までを秋、それ以降を冬とした時。
 弾正が、仮に失った我が子がごとく京を大切にしてきたとして、けれども季節で言えば既に弾正自身〈髷も薄くなった〉冬真っ只中。対して京は秋に入ったばかりで、10年巻き戻せば立派に冬と夏。冬に近ければなんとなく想像のつく不安感も、夏の盛りとあっては冬の寒さは想像し難い。
 そういう意味では、同年代の伴侶を亡くして死場所を求めていた男が、我が子のため命をかけること自体はキレイな図式。だから弾正はたぶん、黙って行けばよかった。死に向かう孤独から、生半可「惜しんで欲しい」という甘えが生じたために、自分のしてきたこととの天秤を測り間違えた。
 
 過渡期の生き物は、基本強烈である。己の中で起こる変化が大きく、神経が尖っている分、安易な選択、ラクをするための言い訳なんぞ、すぐ様見抜く。だから京の言っていることは間違っていない。こちとら打開のための道筋を探るのに忙しいのだから、〈死にたいならば死ねばいい。お京に命をやりたいと言うなら、貰うまでのこと〉
 
 
 ただ京もまた、後に弾正が戻らないと悟って駆け出した。
 自分には何もない。何もできない。けれど姫という肩書だけはある。本質的な価値はなくとも、全く使えない訳ではないことに気づく。
 
〈「殿には最後に、私が天草の姫であったとしっかり見ていただくつもりです」〉
 弾正の呼んでいた〈「姫」〉は、あるいは赤子に対するニュアンスに近かったのかもしれない。けれども自立した京は「京は民を守る者」の「姫」として受け取る。
〈お京が討って出るあいだに子らだけでも小西の陣へ逃げることができれば、お京は天草に生まれてきた甲斐がある〉
 
 過渡期。己の中で変化が大きい分、その温度にすぐさま対応できる相手は頼もしい。伴走。お京が決意を明かした時、種元は寸の間息を呑んだ後、お京らしいと微笑んだ。
 
〈すぐあとから自分も行く〉
 
 一人ではないと知れること。自分の思いに間違いはなかったと思えること。
 
〈「この天草に生まれて、命のやりとりをする戦をしたのは、我らのみだったのかもしれぬな」〉
 
 この場面で〈お京と種元は何よりその気性が似ていた〉とされるも、実績のある種元と、何もないけど命張る覚悟だけはできた京。決してイコールではない。ただ最終「話の通じる相手がいる」と知れたことは、何より死に向かう孤独を和らげた。
 似た色みを持つ者が集まる。京の覚悟を知った弾正の配下の妻たちは、揃いも揃って〈馬を連れ、使い慣れた薙刀ではなく槍を携えている〉。使い慣れた薙刀で、女だと侮られた状態で応戦した方が、あるいは騙し討ちとして上手く事が運んだ可能性があったのかもしれない。けれど目的は殺傷ではない。囮になり、残る者に道をつくる、何より時間稼ぎのため。だから野郎の一団であると、相応の戦力を割かなければいけないと思われるため、自ら自分たちが助かるための手段を排した。









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