4、命懸けで守ったもの【『地上の星』独り言多めの読書感想文】
そうしてかけられた命に勝るものこそが、京を見送った後転がり出た、おせんの持つ字書。
〈「お頼み申し上げます! どうぞ小西様にお取り次ぎくださいませ。アルメイダ様よりお預かりの品を持ってまいりました!」〉
〈「お取り次ぎくださいませ。司祭のアルメ様より預かってまいった品でございます!」〉
背後には凄まじい合戦の音が鳴り響いていたに違いない。鉄砲をはじめ、叫び声、悲鳴。そんな中、ただ一人の女性が必死で声を張る。
〈「これは日葡字書でございます!」〉
おせん自身、以前より〈兜巾の字書はたくさんの犠牲を払わなければ完成しない。中身などまるで読めないおせんだが、初めてあの字書が放つ光を見たときから、そのことだけははっきりと分かっている〉としていた。
人はなぜ争うのか。例えば統一によって争い自体をなくすため。他に理由の一つとして「理解できないから」というものがある。
言葉の通じる相手を味方とすることで、自然敵が生まれる。「愛国心」という言葉の怖さはそこにあり、たとえば幸せホルモンとして知られるオキシトシンは、あることで愛着を生むが、同時に排他的にもなるという。味方をつくることは同時に敵も生んでしまうことでもあり、けれども逆に言葉が通じれば争わずに済む。
「Kazu Languages」のカズさんは「共通語は意味を伝え、母国語は心を伝える」として、15ぐらいの言語で海外の人とやりとりをする。ヨーロッパの人こそ4ヶ国語ぐらい平気で話すが、だからこそ「母国語しか話せないと思っていた日本人」が自分の母国語で話しかけてきた時驚く。すぐさま「名前を教えて」「友達になって」と言う。根本、そんな人たちが争える訳がない。
理解してくれる相手は理解しようと思う。
顔の見える人を殺すハードルは高くても、見えない、言葉の通じない集団になら、鉄砲どころかミサイルを撃ち込める。
随分話を大きくしてしまったが、おせんが決死の覚悟で訴えた字書には、それだけの価値があった。理解を促し、人と人を繋ぐ、争いをなくすための一手。宗教があるように、日本にも受け継がれてきた伝統がある。
だから最終、お京が生かしたのは天草の民に限らず。日本語を国外に広めることで「極東の得体の知れぬ民」ではなく、話の通じる相手としての地位を確立した。逆もまた然り。カステラ、パン、タバコ、カボチャ、テンプラ。これらはポルトガル語であり、南蛮貿易でもたらされた言葉たち。加えて金属の活字による活字印刷術を伝えたのもこの時。これを書いている私個人も直接恩恵を受けている。
さて「ちょっと」のつもりがやっぱり長くなってしまった。ここまでお付き合い、ありがとうございます。
『天草四郎、誕生前夜』
前夜というのは無の状態。「まだ」であり「これから」。ただ、生まれるにしても道標が必要で、それがあるからこそ当てのない未来を堂々と歩いていける。
だから星。そして星の役割をするのは出会った人たちであり、言葉、字書。相手と自分を繋ぐもの。繋いでいく。星座というのは点と点を繋いで勝手に形を想像し、そこに意味をつけるという人間ならではの発想から生まれたもの。星座に限らず、血液型、干支、何だってそう。目的は属するため。寂しがりで弱い葦が一時の安寧を得る。安寧を得て、足元がしっかりして、ようやく自分が好むものに向かって歩き始める。
『地上の星』
生まれて消える無数の星。太陽の光が地上に届くのに17万年かかるとして、その端くれにも満たない人生。けれどまたたくように束の間輝く。個々が光を放つ。その傍に、通じた意思があり、言葉がある。あるいはそうして星座自体、誰にでもつくれるのかもしれない。
戦国。激動の世の中を背景に生きた登場人物の声はどれも胸に迫る。故に引用が多すぎて途中背中がザワザワし始めた感はあるが、今のところ怒られたら直す所存です。