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初恋のゆくえは切なすぎた

10歳の男の子のはかなき恋のお話。


発達障害児には、「運動会」は、酷な行事の一つである。

俄然やる気になりすぎて、歯止めが利かなくなる子。

ダンスが全然覚えられなくて、泣きながら「やりたくない」と訴える子。

そもそもの体幹が備わっていないのに、「組体操」で、細い、というだけの理由でピラミッドのてっぺんなどに任命される子。


学校教育は、「みんなと一緒に頑張れたこと」を過大評価しすぎである。

みんなと一緒にできたことがそんなに偉いのか?

そんな風に考えると、発達障碍児には、日本の教育は、まだまだ遅れていると考えてしまう・・・


そんな、余力もない生活を送っている中、授業は平然と進んでいき、

できないことの多い子供は、家で補填、予習、復習を、「本人の意図しないところで」やらされている。

うちのピアノ教室にも、授業からよく抜け出す支援級の男の子がいる。

「授業の内容さえ判っていれば、彼は教室にいることができるんです」と、母。

もっともである。

「見通しの立たないことが苦手」な特性を持っている子にとって、わからない授業など、苦痛でしかない。関心のある事がいつもやってくるわけではないのだから。

そこで、母。

週末に、次の1週間に習う内容を、学校から教えてもらい、自分で教えながら子供に予習をさせているという。

頑張っているが、頑張りすぎである。

なぜなら、本当に「すべて」予習をさせるのだから。

なぜ子供が付いてこれるか、それは、「ご褒美」という名の甘い誘惑をぶら下げてはしっているからだ。

これをやったらこれを買ってあげる、今日がんばったら、あそこに食べに連れって言ってあげる・・・

そうやって、彼の家の中はミニカーだらけになっている。

しかし、母には、「音楽」を教えることができない。

ご縁あって、かれこれ5年前からうちの教室を出入りしているので、ここ最近は、毎週定刻に、鍵盤ハーモニカとリコーダーを引っ提げて、レッスンに通うようになっている。

12月の学内発表会で、5年生は、世間をブームで巻き起こしている「キメツ」の「紅蓮花」を器楽合奏することになった、と、楽譜をひらひらさせながら、母の顔はこわばっていた。

彼のリコーダーの楽譜には、母が一音一音すべての運指を書いている。本当に「すべて」に。

そして、その中には当然間違いなどもあるわけで、私はそれをチェックする。

この方法では自立はできない、ほかの方法を試してみよう、と促すも、

ふけるようにして、みんなの中に入れたい、

と、相変わらず楽譜に運指を書き込んでいる。


ところで。

運動会の練習疲れで、今日はレッスンに行けない、頑張れない、と直訴した日があった。

その日のことである。

母は、「紅蓮花」のことで頭がいっぱいだったので、私にいち早くその楽譜を渡したい、できることなら、その楽譜で音源を送ってほしい、という旨で、教室にはいきます、という連絡が入った。


その日は、うちのアスペルガー嬢(20歳)が、教室で作業をしてくれていた。一応、「ちょっと、ジャイアン的な子が今からくるよ」とはつたえていた。


母が、「すいません、これが楽譜なんで・・・」と、渡したらありがとうございました、それでは失礼します、といった時、

彼は一目ぼれをしてしまったのだ。

「こんばんは♡」


自分から挨拶をしている。

その姿に、母と私は、目を丸くした。


「おねえさん、今何してるんですか???」

「こんばんは、何くんだっけ?初めまして!おねえさんは、先生のお手伝いをしているのよ」

「見せてもらっていいですか???」


・・・


母は、もう、その様子に、まるで「コオロギが死にそうな形相で」笑いを止めようと必死だった。


「今日はともせんせいに楽譜を渡したら帰るんでしょう?」

「今日は頑張れない、って、さっき連絡したじゃない?」


「いや~、せっかく来たんだから。失礼します」

と、教室に入ってきた。


まず、「失礼します」なんて、この5年間、聴いたこともなかった。

また、母は、コオロギになって笑っている。


私は母と、片手に楽譜のコピーをしながら、話していたら、

彼はお姉さんと、仲良く話をしている。

いつにない、やさしい表情で。


一目ぼれ確定後、彼に、せっかく教室に入ったのだから、工作をして帰ったら?と提案した。

「お姉さんも、一緒にやりますか?」

誘いを受けたお姉さんは、向かい合って、彼とハロウィンのラメのり工作をしました。


「上手ですね」とか

「僕は車が好きなんですよ。今度、僕の車、見てください♡」

などと、お姉さんに話しかけている。

そんなこんなで、彼の初恋は、「年上のお姉さん」に持っていかれ、

機嫌よく、帰宅した。


次の週。


お姉さんは部屋にいなかった。


彼は、こんにちはの言葉もなく

「どうしてお姉さんがいないの?僕が来るからこさせなかったの?」

「僕はお姉さんに会いたいんだ。どうしたら合わせてくれますか?」


ほぼ、ストーカーである。


彼の初恋を邪魔しているのではない。

この前たまたまいたんだ、と、伝えたが、理解してくれない。


「もう、僕はお姉さんに会えないと、お前を××するからな」

ちくちく言葉も、脅迫じみている。

心理は表裏一片である。彼は、もはや、落ち着く方法を忘れ、大パニックを起こした。


2時間私のもとでパニック状態で過ごしたが、何とか、母に諭され、帰宅した。


娘は、今、体調不良で、実家である私のもとに帰ってきている。

げっそりして帰った娘に、彼の初恋の話をした。


「うち、そういうの、一番苦手なんじゃけど。」


まぁ、娘にとって、彼は「恋愛対象外」であることは間違いない。娘には、かれこれ5年付き合っている彼氏もいる。

娘にとっては、ひとめぼれをされたのは、私が知っている中でこれが2度目である。

もう一回は、作業所に仕事で行ったときに、たまたまいた就労の男の子が、娘を見染めてしまった。


女性へのかかわり方が唐突すぎて、娘はその時、怖い思いをした。

だから、今回、相手が小学生であっても、「怖さ」を感じてしまったのだ。


残念ながら、お姉さんへの初恋は破れたり、だが、

何かを学んでくれたら、私はうれしい。

そして、いつも乱暴だが、好きな人の前ではやさしい顔、やさしい言葉が発せられることを、大切に育てていきたい。


発達障碍児への「性教育」の必要性を、もう何年か、ずっと考えている。

男子は加害者になりやすいし、女子は被害者になりやすい。


近いうちにしないといけない私の仕事が、一つ見つかった。


はかなくもせつない初恋、


彼の宝物には、なれそうもない。




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