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【短編小説 森のアコーディオン弾き 3】アズーラの答え

3. アズーラの答え

アズーラの前に座るフラヴィオの周りに森じゅうの動物達が集まっていた。
動物達は「ライオンなんて初めて見た」、「ライオンなら見たことはあるが、それに比べると随分とくたびれている」、「されどライオンだ。いつ暴れ出すとも知れない」、「そうさ。そうなれば僕らなんてガブリだ」だとか口々にささやき合い、それでもどこか心配げにフラヴィオを見守った。
「あなたがここに来ることは分かっていたわ」
アズーラはフラヴィオが森に逃げ込むまでのことを話し終える前に言った。
「何のために来るのかも」
そう付け足して両腕を広げると、そこに鈴なりの実をついばみ始めた小鳥達に目を細めた。
アズーラの察しがいいことはこの森の住人であれば誰もが知っていて、フラヴィオ以外は誰も驚きはしなかった。
「カルヴィーノ、フラヴィオをモニークMoniqueのところに連れて行ってあげて。それから、私の小枝を折って持っていって」
それがどういうわけなのかは、カルヴィーノにも集まった誰にも分かっていないかったが、そんなことはしょっちゅうだった。なんであれ、それがフラヴィオのアコーディオンの蛇腹にあいた穴を直す方法だった。
「枝を折るなんて、そんなことしたら痛いだろう?」
そう言ったフラヴィオの眉尻は来た時よりも下がっていた。
「これは必要なことなの」
アズーラはきっぱりと言った。
ためらうフラヴィオを見かねたのか、長老オウムのロレンツォが枝を折り、フラヴィオに差し出した。
フラヴィオは首を横に振った。
「アズーラが知らないことなんてないんだ。ほんとだよ。それに、ほら、こうしてもう枝は折っちゃったし」
この森の住人ではない者がアズーラの言うことを信じるのが難しいことくらいカルヴィーノにも分かっていた。
「答えはいつもあとからやってくるんだ」
だから信じてと、カルヴィーノはフラヴィオを真っ直ぐに見た。
フラヴィオは観念したように枝を受け取った。
「フラヴィオ、あなたはきっとモニークに救われるでしょう。モニークもきっとあなたに救われるでしょう」
「僕には難しいや。アズーラの言葉には霧がかかってるから」
先にカルヴィーノに言われて、チンプンカンプンだったのは自分だけではないと分かったのか、フラヴィオは少しほっとしようだった。
「カルヴィーノ、そこの薬草も摘んでいってね」
「それなら簡単だ」
カルヴィーノはアズーラの脇に茂る薬草をいくつかちぎってくわえた。
「案内するよ。ついてきて」
カルヴィーノは薬草をくわえた口でもごもごと言って、細い道に進んだ。フラヴィオはアコーディオンを背負いなおし、道の両脇から覆いかぶさる草をかきわけ、先を歩くカルヴィーノに続いた。
「ハルベルト、お前は行かぬのか?」
二人について行こうとしないハルベルトにロレンツォが聞いた。
「僕は父さんの様子を見に行くよ。ちょっと落ち込んでるみたいなんだ」
自分の持ち場の反対側からだったとはいえ、あれほど大きなライオンが森に入ったことに気づかなかったとは何たる失態、代々森の門番を任されるトカゲ一族としてなんと情けないことかと嘆いているという。
「悪党に入られたわけではなかろうに。もう気にするなと伝えてくれ」
ハルベルトはうなずく代わりに青い尾をひゅんとひとしなりさせ、森の入り口の見張り台に駆けていった。


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