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【短編小説】へんなともだち ~ピンチのやまざき~

「もしもし?」

「うわん、出てくれてよかった、、、。ごめん。めっちゃ急に連絡してしまって、、、。私さ、今、家の鍵なくしちゃった、、、。もうどうしたらいいかわからなくて。家に帰れないの。助けて。」

人生ではじめて、私は家の鍵をなくした。会社での華金の飲み会が終わり、時刻は午後23時。どうしようもなくて、涙目になりながら、無意識のうちに私は、やまざきに電話をしていた。

「あら、そうだったんだ。大変だったね。今どこ?」

「家の前。どうしたらいいかわからなくて歩いて近所の公園にいる。」

「あぁいつもの公園ね。了解。私今家だから、とりあえず、終電までには間に合いそうだから、そこにいて。たぶん20分くらいで着くと思う。」

「うわん。ありがとう。」

そう言って電話を切って、私はただ、その公園に立ち尽くした。
ヘロヘロと、どっと疲れが押し寄せてきて
そのままベンチに腰掛ける。

目の前の遊具で、一応あたりは暗くなったとはいえ、公然とイチャイチャしているカップルに苛立つ。今の私にとっては、極まりなく不快だった。
お願いだから、早く近くのラブホにでも入ってくれないだろうか。

どうしようもなくて、私はベンチに腰掛けたまま空を見上げた。
都会のど真ん中に位置する公園から見える星空は、煌々と照らされたあたりのビルたちのライトたちによって、全然美しくなかった。

「お待たせ。大丈夫?」

その美しくない星空を見上げながら何分が経った頃だろうか。
やまざきが駆けつけてくれた。

「やまざき~~~。来てくれてありがとう~~~。もうどうしようかと思った。」

堪えていた涙があふれて、私はやまざきに泣きながら抱きついた。

「ははは。笑ったよ。大変だったね。ドンマイ!」

「ドンマイどころじゃないよ。」

こちらはつらくてつらすぎて涙を流しているというのに、やまざきはなぜかケロっとしている。「なんだコイツ!」と、駆けつけてくれたのにも関わらず私は心の中で苛立った。

「大丈夫大丈夫。とりあえずさ、鍵なくしたんだよね?」

「うん。」

「どこでなくしたとか心当たりある?」

「うーん。会社出るときまでは持ってた。デスクのロッカーの鍵も一緒についてたから。」

「じゃあ、居酒屋かな。居酒屋は連絡した?」

「ううん、まだ。あぁ、あと帰り同期とタクシー乗ったから、タクシーかも。」

「あぁ、それならタクシー会社にも連絡した方がいいね。領収書とかとった?」

「あぁ、そういえば。私は持ってないけど、同期が取って経費申請してくれるって言ってたわ。」

「お!それはラッキーだね。同期にもとりあえず連絡しようか。」

「う、うん。わかった。」

私はとりあえず、やまざきに言われるがままに、居酒屋に連絡し、同期に領収書を確認してもらって、タクシー会社に連絡した。

「なんか、居酒屋は確認して探してもらったけどなかった。また見つかったら連絡くれるって。タクシーもとりあえず今出払ってるから、わかり次第連絡してくれるって、、、、。」

「そっかぁ。了解了解!そしたらとりあえず、灯台下暗しってやつで、バッグひっくり返してみてみようか。」

「あああ、うん。」

また、私はやまざきに言われるがままに、本当にバッグをひっくり返して、やまざきと一緒に確認した。隅々まで見たけれど、やっぱり、ない、、、。

「本当になさそうだね。」

「うん、、、、。あ、タクシー会社から連絡きた!ちょっとまって!」

そう言ってかかってきた電話を取る。予想はしていたけれど、やはり、私が乗っていたタクシーにも鍵はなかった。

「うむ。そうか。家の管理会社とかわからないよね?」

「うーん、さっき一応検索だけしてみたけど、資料は家の中なんだよね。紹介してくれた不動産会社のお姉さんの連絡先は知ってたから、電話してみたけど、つながらなかった、、、。」

「そっかそっか。それなら一旦仕方ない。かけるべき連絡先は全部あたったってことだから、とりあえず、警察に行こうか。」

「警察?なんで?」

「落とし物届け出しにいくんだよ!もしかしたら誰かすでに拾ってくれているかもしれないしね!ここ日本だし!」

そう言ってやまざきは笑った。

「たしかに、、。その発想なかったわ。ありがとう。」

やまざきに連れられて、近くの警察署に出向いた。残念ながら、鍵の落とし物は届いていなかったけれど、無事届け出は提出して、連絡を待つことにした。

「まぁ、とりあえず最善は尽くしたってことで。私もさ、前定期なくしたときあったんだけど、そのときはちゃんと警察に届けられてたんだよね。まじ、日本すげぇって思ったよ。」

「やまざきもなくしたことあるの?」

「うん、あるよ。定期券もだし、鍵も財布も携帯も!笑」

「そうだったんだ。」

「あっ、あとさ、合鍵とかって誰かもってたりしない?たぶん明日から休日だからさ、もしかすると電話つながらないかもしれないし。」

「あ~たしかに、、、。合鍵か、、、。あ!そういえば!妹持ってる!」

「お!それはデカいね!妹さんどこに住んでるの?」

「ここから電車で1時間くらいのとこかな!ちょっと電話してみるね!」

そう言って私は妹に電話をした。
幸か不幸か今妹は旅行に出ているらしく、明日の昼には家に帰るとのことだった。

「よかったね。連絡つながって。とりあえず、明日の昼までしのげばいいってことでしょ?ラッキーじゃん。」

「ラッキー、、、なのかなぁ。」

私はなんだか落胆して、スマホの画面に視線を落とす。
時刻はゆうに日付が変わり、午前0時半を回っていた。

「これから、、、どうしよう。」

「そんな落ち込むなって。私明日暇だしさ、せっかくだから、このままカラオケいかない?」

「カラオケ?」

「オールしようよ!そしたら宿代だってかからないし!」

「あぁその手があったか。」

「まっ、その前にちょっとファミレスでもよっていきますか。」

なんだか落ち込んでいる私を見かねて、そのままやまざきは、私を近くのファミレスに連れて行ってくれた。

私たちはとりあえずドリンクバーと、フライドポテトを頼み、各々ドリンクをついで、席に座った。

「大変だったね。今日。」

「うん、大変だった。死ぬかと思った。」

「とりあえず、コーヒー飲んで気持ち落ち着けな。」

そう言われて、そそいできたホットコーヒーを一口飲む。
あったかくて、おいしかった。
急に、やまざきへの申し訳なさが溢れてきた。

「てか、ごめん。なんか振り回しちゃったよね。せっかく駆けつけてくれたのにこんなに落ち込んでしまって、、、。ほんとにごめん。」

「うん、落ち込んでるな~とは思った。」

「そうだよね、、、。自分でもびっくりするくらい落ち込んでしまった。やまざき来てなかったら、落ち込んで病んで、のたれ死んでた。」

「それは言い過ぎ!けどさ、たぶん仕事の疲れもあるんじゃない?最近ずっと残業続きだったでしょ?」

「そうかも、、、。」

そう問いかけられて思い出したように私はぽろぽろと最近の仕事の愚痴と悩みを話しはじめた。自分でも驚くほどに、言葉がこぼれた。そして涙があふれてきた。やまざきは何も言わずに、ただただうなづきながら私の話を聞いてくれた。

「そっか。大変だったね。」

やまざきは微笑んでいる。微笑みながら、嫌な顔ひとつせずに私の話を聞いてくれた。いつのまにか、やまざきが飲んでいたカフェラテも、私のホットコーヒーも、フライドポテトもなくなっていた。

「ごめん、こんな話して、、、。」

「ううん、全然。だいぶたまってたんだなって思ったよ。私も定期的に会っていながら、気づいてなくてごめんね。」

「そんなことない!ほんとにありがとう。」

「さっ、そろそろカラオケに移動しますか?」

そう言ってカフェを出て、私たちはカラオケに移動した。
なぜだろう、さっきまで重かったはずの足取りが軽い。
いつのまにか、自分の心の充電が70%くらいまで回復している事実に驚いた。

「うわぁ、カラオケオールとか超久しぶりなんだけど!」

「たしかに、学生ぶりかもね!」

やまざきがはしゃぎながら、過去の記憶を頼りにDAMの画面をいじっている。

「うわ、もはや何歌ってたとかまで、忘れてるわ。時の流れって怖いね。」

老いのせいなのか、なかなか歌う曲が決まらないらしい。

「ねぇ、やまざき。」

「うん?」

「やまざきってかっこいいね。」

「え?なにが?」

「だってさ、今思ったけど、すごいよ。普通、家の鍵なくしてあんなに迅速な対応できないもん。」

「まぁ、自分がなくしたわけじゃないからね。他人事だからだよ。」

「いや、それにしてもだよ。私全然発想なかったもん。落とした記憶たどるとか、そもそももっかいバッグの中探すとか、警察に届けるとか、合鍵のこと考えるとかさ。パニックでなんにも考えられなかった。」

「まぁ、それはね。さっきも言ったけど私いろんなものなくしてきたからね。」

「ほんとになくしたの?」

「そうだよ、定期券も財布も、携帯も。これがさぁ、一度じゃないのよ。何回も。」

「なんでそんなことになるの?」

「なんでだろうね。自分でも懲りないなって毎回思うよ。でもそれだけ場数踏んでたからじゃないかな。人より冷静なの。」

「いや、その冷静ささ、ほんとすごいと思う。ほんと尊敬する!」

「いや、普通にその冷静さ身につける前に、なくすなよって話じゃん?」

「まぁ、たしかに、、、。」

「それにさ、なくすよりピンチになることだってあるだから。」

「どうゆうこと?」

「たとえば、異国のビーチではしゃぎすぎて、携帯水没させるとか。」

「え、水没したの?」

「うん、したよ。そのときの方が大変だったな。データ全部飛んだし。」

「ええええ。」

「驚くのはまだ早いよ。海外旅行でさ、みんなでタイに行くことあったんだけど、忘れないようになくさないようにって大切に持ってたパスポートさ、有効期限足りずに出国できなかったの。」

「ええええ。そんなことあるの?」

「うん、あるよ。あんときはつらかったなぁ。まぁ今ではネタだけどね。そのときの方が、財布とかなくしたときより全然つらかった。あんなに楽しみにしてたのに。」

「それ、やばいね。」

「なくすとかとはまた話違うけど、私さ、運転くそ下手なのよ。いっぱい事故ったからさ、自慢じゃないけど事故起こしたときとかもめちゃくちゃ冷静に対処できるよ。」

「ええええ。やば。」

「やばいよね。警察に連絡するとか、保険会社に連絡するとか、もう慣れっこだから。」

「うん、やばすぎる。私今日はじめてだったよ。警察行くの。」

「え、まじ?私からしたらもう友達の家行くくらいの感覚だよ。」

「きもすぎ。てか、やまざき普通にドジすぎる。」

そう言って私たちは笑った。
まるで、歌ってないのに、ブルーハーツの「リンダリンダ」を歌ったときのように、気持ちが高揚し、楽しくて、なんだかスッキリした気分になった。
私の充電は100%になって、完全に回復していた。

「ねぇ。やまざき。」

「なに?」

「真面目な話、ビジネスしたら流行ると思うよ。『ピンチのやまざき』って看板立ててさ、『落とし物、突如の事故、あなたのピンチに駆けつけます!』ってキャッチコピーで宣伝して営業したら、絶対流行る。」

「そうかなぁ。」

「ほんと真面目に。もしやるんだったら、私が最初に口コミ入れて広めるね。」

「ありがとう。それならやるときまた連絡するわ。」

そう言って私たちは朝5時まで歌った。忘れかけていた学生時代のカラオケの記憶を引っ張り出して、たくさん歌って騒いだ。いつのまにか、鍵をなくしたことさえ忘れてしまうほどに楽しかった。

*******

あれから約10年の月日が流れた。
結局、10年経っても、私の家の鍵は見つからなかった。
何なら、そのあと妹の家に合鍵を取りに行って、それからどうやってなくした鍵の対処をしたのかさえ覚えていない。その鍵には会社のロッカーの鍵もついていたのだ。私は一体どうやってそれを誤魔化したのだろう。
本当に記憶がない。

憶えているのは、やまざきが駆けつけてくれた。

というその楽しい記憶だけだ。

やまざきはあのとき、自分の予定を差し置いて駆けつけてくれた。
それに本来、落とし物にまつわる最低限の迅速な対応のあとは、カラオケなんて行かずに帰ったってよかったはずなのだ。

それなのに。

私の顔色一つで判断して、カラオケオールに誘い、朝まで一緒にいてくれた。そのアフターサービスまで含めて、私はやまざきが「ピンチのやまざき」という看板を掲げたビジネスをすれば絶対に流行ると、そういまだに思い続けている。

私はあの日、家の鍵を失った。
その代わりに「ピンチのやまざき」という絶対的な唯一無二の味方を手に入れた。
なんなら、ビジネスとして流行ってしまうより、私だけの秘密にしておくのが一番いいのかもしれない。


あれ以来、幸いなことにまだ「ピンチのやまざき」は稼働していない。


幸いなことなのだろうかとふと疑問に思う。


何なら、またその「ピンチのやまざき」に出会うために久しぶりに今度は財布をなくそうかと思ったりもしてしまうくらいに病みつきだ。


私には「ピンチのやまざき」がいる。

しばらく会っていなかったとしても、そう思えるだけで、きっと、私は誰よりも幸せな人生を歩んでいるのかもしれないと、冗談抜きでそう思って、ニヤついてしまう夜がある。

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