【短編小説】へんなともだち 〜なみちゃんと失った恋をはんぶんこ〜
春
それは桃色
凍えるような寒さを和らげてくれるあたたかな
そして新しい何かが起こりそうな予感がして
わくわくと期待が膨らむ
そんな出会いの季節の訪れ。
春
それは灰色
そのあたたかさの気配に1枚上着を脱いで
その脱いだ上着に何か大切なものを忘れてしまっていそうで
しみしみと寂しさがあふれる
そんな別れの季節の訪れ。
どうしても桃色の気分にはなれなくて
私の気分は灰色だった。
この春、私は大学を卒業して一社会人になる。
就職先も決まっていて、私は4年間過ごしたこの京都の地を離れる。
こぼれそうな涙を我慢しながら私はなみちゃんにLINEした。
「今どこ?」
「今出川駅についたところだよ。これから堀川の方向かう。」
「わかった。私今丸太町付近だから、ほりかわいまでで合流しよう。」
なみちゃんに会う予定があって救われたとスマホを閉じて私は歩きはじめる。
たった今ちょうど、私は失恋したところだった。
私が思いを寄せていた彼はこの春を過ぎても京都の地を離れない。
この告白が叶ったとして、私のこの地を離れる選択は変わらない。叶っていても、叶わなかったとしても、お互いの物理的距離が離れてしまうことには変わりがない。それでも遠く離れた地で何かつながっているという証拠が欲しくて、伝えた想いははかなく散った。
たったそれだけ
それだけだったのにすでに涙が頬をつたっている。
私は歩みを早めた。
約束通り、堀川今出川付近にあるフレスコの前になみちゃんは立っていた。
なみちゃんに会えたことで少し気分が和らいで涙が少し止まってくれた。
何を確認しあうわけでもなく2人でそのまま堀川沿いを歩きはじめた。
「なんかあった?」
どうやらなみちゃんも涙をぬぐったあとらしい。目のあたりに少し潤んだ気配が見えた。
「うん、私はちゃんと秋川のことを好きだったんだってことが分かった。」
「そっか。」
「そしてちゃんとお別れしてきた。」
「そっか。」
なみちゃんもこの春をもって京都の地を離れることが決まっている。もちろん私とは全然違う場所なので、なみちゃんともあと数日でお別れだ。
「はるの方は?」
「うん、私もちゃんと気持ちを伝えて、そしてちゃんと振られてきた。」
「そっか。」
なみちゃんはもう会えない、もう忘れるつもりの秋川の話をしはじめた。
歩きながら、ゆっくりと、楽しそうに。
好きだった顔
好きだった声
嫌いだった性格
楽しかった旅行
おいしく食べたごはんの話
そんな何でもない秋川の話をして、なみちゃんは泣いていた。
どう慰めたらいいのかもわからなかったので仕方なく
私も、振られた彼の顔がイケメンすぎた話や、楽しかった旅路の想い出の話をすることにした。
そしたら私も泣いていた。
「いい想い出だったね。」
「うん。」
私たちの涙を意図的に隠してくれているかのように
いつのまにか日が暮れていた。
歩くことに疲れて川のほとりに2人腰掛ける。
その頃にはだいぶ涙も枯れていた。
「あぁ、なんか話してすっきりしたわ。なみちゃんと会ってなかったら私今頃やばかった。やっぱ持つべきものは友だちだな。」
「うん、、、、。」
「え、なみちゃん?」
お互いにつっかえていたモヤモヤを吐き出してすっきりしたはずなのに
またなみちゃんが泣いている。
しかもさっきよりもひどく泣いているように見える。
「え、どうしたの?私なんかひどいこと言っちゃった?」
「ううん、違うの。」
「え、なんかごめん。」
「いや、謝らなくていいよ。」
どうしたらいいかわからず私はうろたえた。
とりあえず泣いているなみちゃんの背中をさする。
しばらくの間、なみちゃんは泣いていた。
「ほんとにごめん、、。ふふふふ。」
ひとしきり泣いた後だろうか、急になみちゃんが奇妙に笑い出した。
「え、まって、笑ってるの?」
「うん、なんかおかしくて。」
「え、意味わからないんだけど。」
本当に意味がわからなかった。
さっきまで泣いていたなみちゃんが急に笑っている。
もともと奇妙な行動の多いなみちゃんなのは知っていたけれど
なんだか奇妙を通り過ぎて薄気味悪い。
「ちょっと怖いよなみちゃん。」
「あ、ごめんごめん。最初はさ、また泣きはじめて相当秋川のこと好きだったんだなとか思ってたんだけど、、」
「うん」
「途中からさ、ちょっと違うなって思って自分でもなんで泣いているのかわからなくなっちゃってさ。」
「え、きも笑」
「きもいよね。自分でもきもいもん。そんでさやっとわかった。」
「なにが?」
「いや、私が泣いてる理由はさ、こうやってはると一緒に今この場所で一緒に泣いたりとかそういうおんなじ気持ちを共有することって、もうこれから先ないんだなって思ったらさみしくて泣いてた。」
「え、意味わかんない。」
「ね、意味わからないよね。」
「だって、場所は離れるけどまた会えるじゃん。」
「そうなはずなのに、ね。」
そう言って私は笑った。
なみちゃんは泣きながら笑っていた。
*******
あれから数年の月日が流れた。
数年ぶりに会ったなみちゃんの左手の薬指には指輪が光っていた。
秋川ではない素敵な彼となみちゃんは結婚した。
なみちゃんの結婚生活の話を聞きながら私は寂しくなった。
なぜだろう
別になみちゃんに結婚を先越されたからみたいな寂しさじゃない。
29歳にもなればもう、先越されるなんて慣れっこなはずだ。
気のせいにして
私は久しぶりに会ったなみちゃんとの時間を楽しんだ。
家に帰りついてまた
あの寂しさがぶり返す。
別に結婚したからと言ってなみちゃんとの友情が終わるわけではない。
会ったのは久しぶりだけれど、定期的に連絡は取りあっている。
けど寂しい
あぁ、そうか。
そして私はあの日のあたりが薄暗くなった堀川の情景を思い出した。
あの日、私たちは一緒に失恋した。
お互いに行き場のない恋心をぶつけあった。
そして失った恋の気持ちをはんぶんこした。
そんな出来事はこれから先なみちゃんとの友情が途切れなかったとしても
きっとこの先もう訪れない。
だから寂しいのか。
とてつもない時間差で
あの日のなみちゃんと同じように
気づいたら泣きながら笑っていた。