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【短編小説】へんなともだち ~あんちゃんの就活占い~
真っ黒に染まった髪の毛に、真っ黒のセーターと真っ黒のジーパンをはいて、それに真っ黒のコートを合わせて羽織って、明日の最終面接で着る用の真っ黒なスーツと真っ黒なバッグを携えて、カフェで真っ黒なコーヒーを飲んでいた私の目の前に
照明の灯りに照らされて輝く、亜麻色の長い髪の毛をなびかせながら、上下アジアンテイストの幾何学模様の素敵な服を身にまとったあんちゃんが現れて、私と向き合う形で椅子に座った。
「バイトお疲れ様!久しぶりだね」
「うん、お待たせしてごめんね。ちょっとバイト長引いちゃって」
「いやいや、こちらこそ先にコーヒー飲んでてごめん。なんか食べる?」
「うん、お腹減ったからサンドイッチでも食べようかな。はるは時間大丈夫?」
「うん、まだ夜行バスくるまでは、2時間くらいあるから。余裕余裕」
そう言って、私はそばにあったメニューをあんちゃんに差し出した。時刻は午後20時を回ったところ。私は、約2時間後の夜行バスに乗って、明日の最終面接会場がある東京へと向かう予定だった。
「じゃあ、海老アボカドサンド食べようかな。おいしそう」
「え、そんなのあるの?私も食べたい!」
「いいね!じゃあ海老アボカドサンド2個と、私はホットティーにしようかな」
「いいね」
「すいませーん」
3年生も後半、就職活動が本格的にはじまっていて、お互いに忙しくなり、あんちゃんと会うのも約1か月ぶりくらいだろうか。
「海老アボカドサンド2つと、ホットティー追加でください」
あんちゃんの分のお冷を持ってきた店員さんに注文を伝える。
毎週のようにあんちゃんと会っていたときを考えると、随分と久しぶりに会ったような気がした。
「なんか、久しぶりだね」
「ほんとに。やっぱり就活はじまると、なかなか会えなくなるもんだね」
「うん。はるは明日面接なの?」
「そうそう。明日1個最終面接でさ、東京であるから今日は夜行ってかんじだ」
「そうなんだ、、。すごいね。もう最終なんだ、、、」
「全然すごくはないよ。受かるかどうかもわかんないし。実際この間別で受けた最終は落ちたし、、、。」
「そうなんだ、、。でもすごいよ。着々と就活進めてる」
「全然すごくはないよ、、。あんちゃん、、は?」
雲行きのあやしいあんちゃんに私はそう、恐る恐る聞いてみた。
「うん、あー--、やっぱり、だめだ」
急にあんちゃんが、泣きそうになっている。
「え?どうしたの?大丈夫?」
「え、うん、大丈夫じゃない」
あんちゃんはそう言って目の前にあるお手拭きを手に取って目頭にあてた。泣きそうになっていたわけじゃない。本当に泣いていた。
「えー--、どうしよ。なんか、ごめん。大丈夫?」
「いやいや、全然はるのせいとかじゃないから。私自身の問題だから。ちょっと待ってね」
「うん」
涙をぬぐって、深呼吸をして、あんちゃんが目の前で気持ちを整えていた。
「あー-。ごめんね。うん。大丈夫」
「うん、そっか。つらかったんだよね」
「うん。つらかった。もうどうしていいかわかんなくて。今日も泣くつもりなんてなかったんだけど、やっぱり不安になっちゃって、、、」
「そっかそっか」
あんちゃんが少し落ち着いたタイミングを見計らってか、店員さんが2つの海老アボカドサンドとホットティーを持ってきた。
「とりあえず、食べよ」
「うん。食べる」
私たちは二人で無言で海老アボカドサンドを食べた。全く味がしなかったなんてことはまるでなくて、普通においしかった。そういえば晩ごはんなるものを私も食べていなかったことを思い出して、無心でおいしく頬張った。
「これおいしいね」
「うん、おいしい」
半分くらい食べ終わったところであんちゃんがホットティーを一口飲む。
「あのね」
「うん」
そして話しはじめた。
「私ね、見ての通りなんだけど、就活してないの」
「うん、そうなのかなって思ってたよ」
「毎日バイトしててさ、みんなの髪の毛がどんどん真っ黒に染まっていくの見てるの」
「うん」
「こうやってさ、はるみたいに頑張って就活している人を見てたらさ、私も就活しなきゃってスイッチ入るのかなって思ってたんだけど」
「うん」
「なんか逆効果で」
「逆効果?」
「うん、別にさ、はるを責めるつもりでもなんでもないんだけど、普通になんか冷めた目で見ちゃうのよ。なんかみんな流されてるなって。社会の波に」
「まぁ、あながち間違ってないと思うよ。私だって荒波にのまれてるもん」
「そうなの?全然そうは見えないけど」
「いやいや世界の果てまで流されてしまいそうだよ。ごめん。話それたね。続けて」
「そうそう。そうやってさ、社会の波に流されていくみんなを見てて、私は逆に絶対に流されたくねぇ。って思ったのよ。」
「なるほど」
「だからね、思ったの。絶対髪染めねーって」
「そこ?」
「うん、そこ。絶対髪なんて黒にしてやらねぇって。服だってスーツなんて買って着てやらねーって。一応企業説明会とかにも行ったことはあるんだけど、みんなが黒髪で黒スーツ着てる中さ、この髪色でこの服装で行ってやった」
心なしかあんちゃんの着ているおしゃれなエスニック柄の服が輝いて見えた。光の角度の関係だろうか。
「強いね。なんかすごいわ、あんちゃん。私にはできない」
「いやいや、問題はそこじゃないのよ」
「ん?どゆこと?」
「問題はさ、社会の波にのまれたくねぇってそこだけの主張は自分の中でもはっきりしてて、かたくなで頑固で変わらないくせにさ、じゃあ、一体全体自分は何をしたいのかがわからないの」
「あー、社会の波にのまれたくないことははっきりしてるのに、いざ自分の進路を考えるときに何も浮かばないってこと?」
「そうそう。何も浮かばないってわけでもないんだけど。例えば、ずっと留学もしてたし、国際NGOの活動もしてるし、それ関係であればちょっとだけイメージもできたりするんだけど、、、」
「うん。それは私でもイメージつくよ。なんかあんちゃんは世界をまたにかけて働くイメージある」
「うん、ありがと。でもね、例えば仮にそこで働きたいとか思ったとしてさ、『絶対髪染めない!』みたいに具体的な行動におとせないの。そうやって海外NGO関係の求人調べて応募してみるとか、、、。そういうのができない」
「なぜ?」
「それがわからないから、つらいんだよね。だからバイトに逃げてる」
「そうなんだ」
「だからさ、、、自分だけ何にも前に進めてなくて、、怖くて、、。けど周りはどんどん進路に向かって進んでいくのを見てたらさ、自分だけおいてけぼりになってるような気がして、そしたらまたどんどん怖くなって、、つらくてさ、、、」
「うんうん」
また、あんちゃんが涙目になっているのがわかった。私は慌ててあんちゃんにテーブル隅に置かれていたティッシュを取って差し出した。
「ありがとう。それでさ、もうどうしたらいいかわかんなくなって、何もかも嫌になってさ、、、」
「うんうん」
「占いに行った」
思わず飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになって、ティッシュで口元を抑えた。
「え、占い?」
「そう。占い。というか占い兼人生相談みたいな。知らない?生命神社の占い」
「知らない」
「結構この辺ではあたるって有名で人気らしくて。もう自分の進路なんてわけわかんないから、とりあえず方向性だけでも教えてもらおうと思って、、」
「そうなんだ、、。そんなに人気なら予約して行ったの?」
「ううん、予約はできなくて、並ばないといけなかった」
「え、並んだの?」
「うん、朝早起きして行って、並んだよ」
「そうなんだ、、」
「今はる、自分の進路につながる情報集めとかそういうことはしないのに、占いには並んで行くんだって思った?」
「うん、めちゃくちゃ失礼かもしれないけど思った。ごめん」
「いや、全然いいの。その通りだから。自分でもよくわかってるから」
「そうなんだ、、それで、収穫はあったの?」
「うん、それがさ、すごくいい人で、やっぱりあなたは日本じゃなくて、海外に関わる仕事が向いているし、進路もその方向性で進んでいくといいでしょう、というかその方向性で進んでいくでしょうって」
「そっか。それはいい方向性じゃない?」
「うん。でもね、感動したのはそのあとで、けれどそうやって海外をたくさん旅したあとには、最終的に地元に戻ってくるでしょうって」
「地元?静岡ってこと?」
「そう。どんなに海外に出ようと、あなたの人生を見る限り、やっぱりどう見ても最終的に地元に戻る星なんだって。地元静岡に戻って、家族とか大切な人たちと一緒に暮らすんだって、そう言われて、、」
「うんうん」
あんちゃんの涙がまたこぼれ落ちている。
「なんかそれ言われて腑に落ちたんだよね。たぶんそこがずっと違和感で、、、。たしかに留学もしてたし、日本より海外で働いたりするのいいなってふんわりと思ってたんだけどさ、完全に日本を離れて海外で暮らすとか、、、そういう選択肢には惹かれないっていうか、、、」
「つまり、日本との距離感に違和感があったってこと?」
「そう。自分はどの場所を起点にして考えたらいんだろって、たぶんその辺で悩んでて、けど、言われてすっきりしたの。どんなに海外に出て、異国の地を旅しようが最終的に地元に戻るんなら、今はそんなに悩みすぎなくても、自分の思うままに進んでいいんだって」
「そっか、すっきり?したの?」
「うん、すっきりした。そして今はるに話してすっきりした」
「それは何より」
「とりあえず、、、」
「なに?」
「うん、いや、やっぱなんでもない」
大学のキャリアセンターに進路についてざっくばらんに相談できる窓口があることを思い出して紹介しようと思ったけれど辞めた。たぶん、今のあんちゃんなら大丈夫な、気がした。
「やっぱり、話すっていいね」
「そう?」
「うん、感謝してる。でもやっぱり私は髪を染めないよ。社会の波にはのまれない」
「うん、だと思う。あんちゃんには必要ない」
「ありがと」
そう言って笑い合って、私たちは残りの海老アボカドサンドを食べ終わって、そのカフェを後にした。私は最終面接へと、あんちゃんは自分の道へと進んでいったのだった。
*******
それから私たちは無事に大学を卒業した。
私は結局、あの翌日の最終面接に無事合格し、その企業に就職した。
あんちゃんは結局、髪なんて染めず、海外に関わる事業をやっているバイト先にそのまま就職して社員になった。
そして、10年の月日が流れた。
あんちゃんは、世界をまたにかけて仕事をし、いろんな国を旅して、結局、あの日のあの占いの予言通り、最終的に地元静岡に帰った。そして新しくできた家族とともに、その場所で素敵な時間を過ごしている。