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【短編小説】へんなともだち 〜キンモクセイとひなのちゃん〜

もうすぐ私は30歳になる。
というより、私の20代が終わる。

そんな風に最近、自分の20代を振り返ることがある。

29歳の私のSNSはずいぶんと変化したように思う。朝起きて開けば、毎日のように誰かが結婚し、毎日のように新しい命が誕生している。

その不思議な現象に最初の頃は右往左往して、一喜一憂していたけれど、もうそろそろ別に、うらやましいと妬む気持ちも、自分の状況と照らし合わせて焦る気持ちもなくなった。

別にひとりでも、それでいい。
むしろそこまでひとりも悪くない。

最初は、そんなことをことごとく自分に言い聞かせて、無理に正当化しようとして、けれどどう頑張っても表面上しか繕えなくて実際、いまだ一向に現れない白馬の王子様を内心ずっと待ち続けていた時間も長かったけれど今、
やっぱりどう考えても、身を焦がして白馬の王子様を待ち続ける人生よりも、これからきたる30代以降の人生を、自分ひとりで生きていく選択肢を考えながら生きていくことが現実味を帯びてきて、それが恐怖というよりも意外と楽しみになって、計画を練り練りしている自分がいたりもしている。

けれど、それでも
ひとりでも生きていけるけど、寂しい。

悲しきかな、その寂しさは、自分が意図していないときに急に現れて心を乱すので、甚だコントロールに困っている。

今日もふと急に現れた「寂しい」という感情に戸惑っている。


そういえば、秋だ。


もうそろそろ絶滅してしまいそうなその季節だったことを急に思い出した。
怖い世の中で生きていると思う。
桜とか、セミの鳴き声とか、紅葉とか、雪とか、昔はそれらが、積極的に近づいてきてくれて、四季を身近に感じることのできる世の中だったように思う。

それがいつのまにか、そういった四季を感じさせる何かを、自ら積極的に探し求めなければ、季節の変わり目にさえ気づかずに1年が終わってしまう、そんな世の中を私たちは生きている。

そんな秋を急に思い出して、私は積極的に自転車に乗った。

*******

「ねぇねぇ、ひなのが、季節の変わり目を感じるときってどんなとき?」

「えっ、何急に。その質問斬新だね。」

大学を卒業後、なかなか頻繁に会うことができなくなった距離に住んでいるひなのと私は、こうやって定期的にLINE電話をしている。

「ふふん。ちょっとさ、最近わかったことがあって。たぶんね、絶対ひなのなら共感してくれると思うんだ。あててみて。」

「うーん、、、難しいな、、、。どんぐりとか?」

「あー--、たしかに、どんぐりはそうだね。好きだもんねお互い。」

私とひなのは無類のどんぐり好きである。
前に一度、拾っためずらしいどんぐりを郵送したこともある。
文通、ならぬ、どんぐり文通だ。

「でもね、どんぐりじゃない。そんな一般的なやつじゃないよ。」

「大人になるとそんなにどんぐりも一般的ではないと思うけど、、、。うーー--ん。ヒント。」

「ヒントはね、冬から春だね。」

「冬から春か。あたたかくなったときに感じることってことだよね?」

「そうそう、そして、食に関することだね。怠惰なひとり暮らしを送る私たちあるある。」

「あるあるかぁ。食ねぇ。」

「ヒントは極めて怠惰だという部分だね。もうちょいヒント出すなら鍋。」

「あ、わかったかも。」

「ね、わかったでしょ?」

「うん、鍋のにおいじゃない?」

「そう、正解!やっぱり、ひなのなら共感してくれると思った。」

「あれでしょ。冬に気温が低くなったからって、鍋の中でスープ作ったやつ、そのまま常温で置きっぱなしにしてて、ちょっと暖かくなったタイミングでさ、今までは2日間くらい平気で放置してても食べられたのに、急ににおいも味もすっぱくなるやつね。」

「そうそう。すっぱくなるやつ。ほんと急に来るよね。なんか匂いに酸味感じてさ、ほんとか確かめるために飲んでみたら案の定すっぱくて、そして、春の訪れ感じる。」

「めっちゃわかるな。絶対人には言えないけど。」

「そうそう、怠惰すぎて言えない。けど桜よりも私にとってはスープのすっぱさが冬から春の季節の変わり目ってかんじなんだよね。」

「そろそろ卒業したいと思ってるんだけどな、私たち歳とってきたし。」

「わかるわかる。私たちの食材の賞味期限って、だいたいすっぱいかすっぱくないかの酸味の判断だったじゃない。けどさ、こないださすがに1週間経ったささみ肉加熱して食べたときは、お腹壊した。」

「酸味感じなかったの?」

「感じたよ。ちょっとはね。けど、これはまだいけるやつだと思って食べたんだけど、やっぱ歳とったってことなんだろうね。」

「気をつけなきゃね。」

「でさ、話少し変わるけど、そんな風に私、たいして季節の変わり目に敏感じゃなかったのにさ、こないだ感じたのよふと。」

「何を?」

「季節の変わり目。スープのすっぱさよりエモいやつ。」

「エモいやつか。なんだろ。」

「ふふん。キンモクセイ。エモくない?」

「あぁ、キンモクセイか。私も感じたよ!」

「えー--知ってたの?」

「うん、知ってた。いい香りだよね。秋ってかんじで。」

「まじか。私この間はじめてキンモクセイが秋の香りだって知ったんだけど。嗅いだことは前にもあったけど、秋だって知らなくて。てか、ひなの超エモい季節の感じ方してんじゃん。」

「エモいかな?結構普通な気がしてたけど、、、。」

「すごいすごい!めっちゃエモいよ!」

そんなたわいもない話で私たちは盛り上がった。

「ねぇねぇ、めちゃくちゃキモいこと話していい?」

急にひなのが話すトーンを低くして問いかけてきた。

「え、なに?怖い。」

「いや、私もめちゃくちゃ怖いと思ったんだけどさ。」

「え、なになに?余計怖いんだけど。」

「いや、そんな怖くないし、サプライズにしようと思ってたんだけど、話すね。」

「うん。」

「私さ、この間散歩してたときに、はると同じようにキンモクセイの香り嗅いでさ、あぁ秋がきたなって思って、久しぶりにはるにプレゼントしようと思って、ちょうど昨日くらいに発送したのよ。」

「え、まじ?何を?」

「香水。キンモクセイの香りの。」

「え、なんで?まじ?」

「いや、最近さ、はる、この間失恋したりもしてたし、仕事も忙しそうだし元気ないなって思ってたから、なんとなくね、プレゼントしようと思って。」

「え、めっちゃうれしいんだけど、、、、てか、、、ありがとう。」

私は意に反して急に涙目になってしまった。

「いやいや、全然大したことないんだけどさ、ほんと昨日のことだったからびっくりした。たぶん、明日くらいに届くんじゃないかな。」

「いや、普通にプレゼントもびっくりしてるしうれしいけど、怖いな。うちら以心伝心しすぎじゃない?」

「そうなんよ。びっくりしてる。長いこと友だち続けてるとこんなこともあるんやね。」

そのあともしばらく私たちはたわいもない話をし合って、その日の電話を終えた。そして翌日、本当にひなのから、キンモクセイのいい香りのする香水が送られてきたのだった。

はるへ
秋になったねぇ。ぐっと寒くなるから風邪には気をつけてね。そして、やせてかわいくなったはるの女度を上げてもらうために香水を送ります。秋らしくキンモクセイの香りです。これでいい男を見つけておくれ!

という手紙とともに。

*******

あれから、約5年の月日が流れた。
私はあのとき、ひなのにもらった香水を今も、ここぞというときに着けている。

もちろん「いい香りだね。」と耳元でささやいてくれた異性もいたけれど、残念ながら、長い付き合いには至っていない。ということはさておき、今も大切にその香水を持っている。

ひなのには、その後、素敵な出来事が起こった。もちろん、紆余曲折もあったけれど、無事、大好きな彼と入籍をし、ちょうど最近子どもが産まれた。誕生した女の子は、顔の形がひなのにそっくりでかわいかった。

ひなのはもうすぐ31歳。
ひなのには素敵な旦那さんがいて
かわいらしい女の子がいて
家族として生きる道が目の前に広がっている。

私はもうすぐ30歳。
ひなのと違って、ひとりだ。

私たちの友情の形は、これから先変わってくる。
そう思う。
前よりもだいぶ離れてしまうのだと
そう思う。
別に悪いことでもなんでもない自然なことだけれど
それでもちょっと寂しいなと
そう思う。

そんな寂しさとともに無意識のうちに私は自転車をこいでいた。
そして、積極的に自転車で走り尽くしたその先にまっていたのは、オレンジ色の花をここぞとばかりに咲かせている、キンモクセイの木々たちだった。

久しぶりに嗅いだその香りとともに
私はあの日とおなじ、秋の訪れを感じた。

ひなのもきっとどこか同じ空の下で
その香りを嗅いでいる。

たいしたことではないけれど、たったそれだけで、寂しさが遠く離れていった気がして、私はそれを確固たるものにしようと、もう一度大きく息を吸って、その香りを体内に吸収した。

あの日嗅いだときよりもずっとずっと
いい香りがしただけだった。
けれどそれだけで十分だった。

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