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【短編小説】へんなともだち 〜単位がない亮さん〜


「今日1日ずっとバイト入っててさ、ごめん、会えないわ。」

梨花からそう返信がきた。

「明日レポート提出でさ、これ落としたらまじで単位やばいから、また今度連絡する。」

加奈からもそう返信がきた。

「そっか。急に連絡してごめんね。ありがとう。またね。」

そんなLINEの文面をコピペして貼り付けて返信する。あぁ、何人目だろう。みんな今日という今日に限って忙しい。新着通知をお知らせしてくれないLINEの画面をまた、何度も私はベッドの上でスクロールする。

あぁ、本当は今日今頃、直哉と一緒に昼からはしご酒して飲んでいる予定だったのに、、。
好きな彼と会う予定だった私のバイトは今日休みだし、期末レポート提出の季節、期日よりもとうの昔に私は作成を終えている。バイトに単位にサークルに、それなりに器用に上手に学生生活を送れている自負はあるのだけれど、そう、私は恋という分野に限ってはどうしたものか、うまくいかない。現にさっき、直哉に会う約束をドタキャンされた。


急にできた空白の時間というものに私はめっぽう弱い。1人でいる暇な時間、それは私をいつだって、よからぬ方向に連れていってしまう。
特に恋がうまく行かなかった今日なんて日は最悪だ。寂しい、誰かに会いたい、1人でいたくない、寂しい、、負の感情がさらに加速する。

ぼうっとベッドの天井を見上げていると、携帯の着信音が急に部屋に鳴り響いた。

大学3年生の夏、恋わずらいという病を治療することのできる薬の名前を、私はまだ知らなかった。


*******

「もしもし、亮さん?」

「よう、おにぎり。」

亮さんは、サークルで1個上の先輩だ。私の顔が白いおにぎりに似ているからと、私のことをそう呼ぶ。

「なんですか急に。」

「いや、暇かなって思って。」

暇だった。なんなら午後からの予定全部が空白だ。けど別に、その空白の時間が苦しいからといって亮さんに連絡をして会うほどに暇なわけでも、心を開いているわけでもなかった。

「私に連絡してくるなんて珍しいですね。直哉に振られたんですか?」

「いや、まぁそれもあるけど。」

亮さんは、私が恋心を抱いている直哉の親友だ。私が予定をドタキャンされたのだから、きっと亮さんも一緒なのだろう。

「何してるんですか?」

「ん、ゲーム。」

電話口でカチャカチャと、ゲームのリモコンを操作している音が聞こえる。

「授業行かなくていんですか?」

「ん、まぁね。」

「留年しますよ。」

「もうしてるから、いい。」

亮さんには驚くほどに、単位がない。1つ上の亮さんは4年生。彼が3年生に進学した時点で、1年留年することがすでに確定してしまうのだから、よっぽどに単位がない。

「5年生どころか、6年生になりますよ。」

「うるさい、おにぎり。」

「心配して言ってるんです。」

「まぁ、とりあえず暇ならうちにこい。」

そう言って亮さんは一方的に電話を切った。

私は仕方なくベッドから起き上がって、動きやすいTシャツとジーパンに着替えた。別に直哉に会いに行くわけじゃないから適当でいい。ちょっと寄ったら帰ってこよう。
そう思って、とりあえず行き道にコンビニに寄って、発泡酒を2缶と、軽く柿ピーを買って亮さん家に自転車で向かった。

「お邪魔します。」

「おう。」

別に来客があったからと言ってゲームを置いて、玄関まで出迎えてくれる人じゃない。ベッドの上でゲームに夢中になっている亮さんを横目に、ずかずかと勝手に家に上がり込んで、小さなテーブルの上に買ってきたコンビニの袋を置いた。

「これ、差し入れです。」

「おう。」

相変わらず、ゲームに夢中になっている。仕方がないので、私はテーブルの周りに散らかった荷物たちを自分が座るスペース分だけ避けて、腰かけるなり、買ってきた発泡酒を1缶あけた。

「平日の昼間からビールなんて、おにぎりもやさぐれてるねぇ。」

「平日の昼間まで、ベッドから一歩も出ずにずっとゲームしてる人よりましです。」

そう言って、亮さんがしているゲームのテレビ画面を見つめる。私は人生において、ゲームをするという趣味を敬遠して持ち合わせていなかったので、全然面白くなくてすぐに暇になった。

「私にもやらせてください。」

置いてあった、もう一つのゲームリモコンを手にとる。

「ダメ!おにぎりゲーム下手だから。」

「せっかく来たのに、、。やらせてください。」

「ダメダメ!黙って座ってビールでも飲んでな。」

私が買ってきたビールなのに。まったく、来るんじゃなかったと亮さん家に来た、ものの3分で後悔する。
仕方がないので、ビールを飲んで、さらに座っていた場所から、さらに荷物を避けて寝る分のスペースを作って、ゴロンと私は床に横になった。

相変わらず通知の来ていないLINEのトーク画面をまたスクロールする。
こんなの自分の家でベッドの上にいた方がましだ。床の硬さがすぐに嫌になる。やることがなくなって私は気づいたら目を閉じて、眠りについていた。


「おい、起きろよ。おい。」

「うーん。」

なんだか背中が痛い。声がして、ゆっくりと起き上がって大きく背伸びをする。どうやら眠っていたらしい。時刻はすでに17時半を回っていた。亮さん家に来てからすでに2時間も経っていた。

「いつまで寝てんだよ。ほら外行くぞ。」

亮さんがいつの間にか私が買ってきたコンビニの袋を持って玄関で靴を履いている。

「え、どこいくんですか?」

「いいからついて来い。そこのビール忘れんなよ。」

「あぁ、はい。」

私は寝ぼけたまま、飲みかけの自分のビールを手に取り、亮さんを追いかけた。

「亮さーん、どこ行くんですかー?」

「うるさい。」

「待ってよー。」

私の小さな歩幅を無視して、亮さんはズカズカと大きな歩幅で歩いていった。私は必死に後を追う。

「さっ、ついたついた。」

亮さんはそう言って、家の近くにある川のほとりのベンチに腰掛けて、私が買ってきた発泡酒の缶を開けた。

「もう、亮さん歩くの早すぎ。疲れた。」

「おにぎりにはいい運動だよ。はい、乾杯。」

そうやって私が持っていた発泡酒の缶に、無理やりに押し付けてきた。

「え、なんでそんな冷たいんですか?私が買ってきたまま机に置いてたのに。」

「お前が寝てる間に冷やしといた。くぅ、初夏に外で飲むビールはうまいねぇ。」

「いやいや、ずるすぎ!私のめっちゃぬるくなってるのに、、。なんで冷やしてくれなかったんですか。」

「どんまい。」

「どんまいじゃない!もう、こんなに私のぬるくて飲んでられない!せっかく時間あるし、どっか居酒屋行きましょうよー。」

「無理無理。だってお金ないし。」

そうだった。亮さんには驚くほどに単位もなければ、驚くほどにお金もなかったことを思い出した。留年した分の学費は自分で払わなければいけないと、学校に行くよりもバイトに励んでいると噂で聞いていた。それでは本末転倒ではないか。

「私今日奢るんで、今から飲み行きましょうよー。お腹も空いたし。」

「無理無理。後輩におごってもらうとか、俺の正義に反する。」


「えー、ケチ。」


仕方がないので柿ピーの袋を開けて、ぬるくなったビールを飲む。初夏の夕暮れ時は、風がひんやり冷たくて、心地よかった。

「こうやってのんびり散歩するのも悪くないだろ?」

「亮さん今日みたいに散歩するんですか?」

「たまにな。お金もかからないからちょうどいい。」

そう言って亮さんは、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「お金ないのにタバコ吸うんですね。」

「タバコは俺のごはんなの。みんなが毎日欠かさずごはん食べてエネルギーチャージしてるのと一緒!」

「ふーん。」

そう言ってしばらく川を見つめながら柿ピーを食べた後、別に何を話すわけもなく、私は亮さんと川沿いを散歩した。

「亮さん、今日散歩してくれてありがとうございました。ちょっと嫌なことあったから、だいぶ落ち着きました。」

「好きな奴に振られたとか?」

「違いますよー。けど似たようなことです。」

「そういうときは散歩が一番。」

「亮さんは恋してるんですか?」

「してねーよ。ばーか。」

あぁ、亮さんも恋して、散歩してるんだ。そう思った。そして、私が直哉にドタキャンされたことも知っていて今、散歩に連れ出してくれているんだということもわかった。亮さんの不器用な優しさが心に染み渡ってきた。

「亮さん、ありがとうございます。」

「いきなりなんだよ。気持ち悪い。さ、腹も減ってきたし、寿司食べにいくか!」

「えー!寿司!食べたい!」

「よし、行くぞ。その前に家よるわ。」

私たちは亮さんの家まで戻った。私は自分が乗ってきた自転車に腰かけて亮さんを待つ。しばらく経って、亮さんは大量のマンガ本を部屋から持ってきて、自転車カゴいっぱいに乗せた。

「なんですかそれ?」

「ん、進撃の巨人。」

そう言って自転車を漕ぎはじめた亮さんの後を追った。寿司屋の手前にあるブックオフに着いた。

「ちょっと待ってな。」

ブックオフに着くなり、亮さんは自転車のカゴいっぱいに積んでいた大量のマンガ本を手に店内に消えていく。15分ほど経った後、手を空にして出てきた。

「あれ、進撃の巨人は?」

「売ってきた。新刊だったから割と高く売れたわ。よし、これで軍資金が出来たぞ。」

「いやいや、どれだけ困窮してるんですか、、。今日私奢りますって。」

「いや、遠慮する。」

そして私たちは近所のくら寿司についた。久しぶりの回転寿司にテンションが上がる。
自分の皿では足りないので、亮さんの皿を横取りしてびっくらポンを楽しんだ。

「亮さん、あたりましたよ!これあげます!」

「いらねーよ。」

「ほら、また売れるかもしれないし。」

「バカにすんなよ。」

そうたわいもない話をしながらあっという間にお腹いっぱいに寿司を平らげた。会計札をもって精算しようとする。

「バカ。俺が出すって。」

「いいですって。だって亮さんどう見てもお金ないじゃないですか。」

「バカ。誰のために進撃の巨人売ったと思ってんだよ。」

亮さんは拒む私から無理矢理に会計札を取り上げて、私の分まで精算してくれた。

「亮さん、ごちそうさまでした。私奢るんで、これから飲み行きましょう。」

「行かねーよバーカ。じゃあな。」

そう言って亮さんはひらひらと手を振って、自転車で帰っていった。

ポケットで携帯が鳴る。文香からだった。

「返信遅くなってごめんよ。さっきサークルの活動終わって、今から遊べるよ。飲み行かない?」

LINEの画面を開いて返信する。

「連絡ありがとう!今日予定入っちゃったからまた今度にしよ!せっかく連絡くれたのにごめんね。」

そうメッセージを打ち終わって、初夏の空を見上げた。
亮さんに会うまで渦巻いていた、たくさんの負の感情たちが、いつの間にか消えていた。

*******

あれから、少し経って、私は亮さんより先に、無事大学を卒業した。自分でも優秀だと思う。4年間を通じて落とした単位は1つだけだ。


亮さんは、結局、大学を卒業できなかった。単位がとれずに4年留年して、期限がきたので、大学を中退という形になったらしいと風の噂で聞いた。

今では私も亮さんも立派な社会人として、社会の中を生きている。私の卒業以来、私は亮さんに会ってない。

けど、ふとした瞬間に、あのときの初夏の出来事を思い出す。結局、亮さんと2人でごはんを食べに行ったのは、あのお寿司だけだった。

社会に出て働きはじめて思う。社会とは、冷たくて、暗い、ブラックホールのような場所だと。ぼうっと立っていたらあっという間に足元をすくわれて、冷たい暗闇の中に飲み込まれてしまう。

お金に地位に名声に、周りの目線を嫌というほどに気にしながら、比べながら、自分の立ち位置を必死で模索する。家族にパートナーに自分の子どもに、大人になるにつれ増えていく大切な人たちのことを、脳みそが溶けてなくなってしまうほどまでに考えて守って、ときに絶望の淵に立たされる。

そうやって他人はおろか、自分のことすらも思いやれなくなってしまって、気づいたら人格が豹変してしまっている人たちを何人も見てきた。そんな人たちに出くわしたときになぜか、私はあの初夏の出来事を思い出す。

私は学生時代、単位をとることが得意だった。というより、シンプルに勉強することが好きだったのだろう。亮さんは、単位を取ることが苦手だった。驚くほどに。

けど、社会という場においては、いくら単位を取ることが得意だったからといって、何かご褒美がもらえるわけでも、とりわけ良い評価をしてもらえるわけでもない。

単位をとることよりも、お金がたくさんあることよりも大切な、人としての優しさみたいなものを亮さんはもっていたのだと、うらやましく思う。

持っていたコンビニの袋の中から、買ってきたビールを取り出して缶をあける。前よりちょっとだけリッチなビールを買うことができるようになった。
公園のベンチに腰かけて、ビールをグッと胃の中に入れる。今年も夏がきたようだ。散歩して歩いた分少し汗ばんだ額に、ひんやりとした風があたった。あのときと同じ、心地よい初夏の夜の風だった。

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