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【短編小説】転職をこじらせて~第2話~
新卒で入社した人材紹介会社をたった1年で辞めてから、約7年の月日が流れた。
私はその間に、最初の企業を含めて、3回の転職をした。
シンプルに最初の人材紹介会社でのキャリアの影響が大きかったように思う。いい意味でも悪い意味でも転職へのハードルが大きく下がった。
そして、うまく転職できる術を無意識化のうちに、身に付けていのだと思う。
もはや転職が得意分野になった。
もちろん、そんなことを履歴書の特技欄には書かない。
「転職」が特技って
これから受ける会社に対して失礼極まりないし、決してよい印象にはならない。なぜなら企業側が求めるのはいつだって「長く忠誠心を持って働いてくれる人」だったから。
そうやって、それなりに自分の、転職活動にあたってのいわば軸みたいなものが出来上がっていた。どうやったら、自分自身が受けている企業側に好印象を抱かれるのか、ウケるのか。内定が出やすくなるのか。
嫌でも毎日のように履歴書添削、面接対策をしていた経験が、私の特技「転職」に活かされている。
そんな風に生きてきた私もあっという間に30代。
今まで散々PRしてきた、「若さ」「柔軟性」といった項目だけでは、そんなに簡単に内定が出なくなってきた。
それに、3回も転職している私は、あのときの言葉で言い換えると、結構キャリアを「刻んでいる」
たいした資格もなく、たいした積み上げたキャリアもなく、私は4度目の転職活動を迎えていた。
もちろん、最初の会社での一種のトラウマを抱えていた私は、最初の退職を経験してから、どの転職の際も、一度も人材紹介会社の転職サービスなんて使ってこなかった。
彼らにとって私はあくまで商品であって
真剣に私のキャリアを考えてくれるわけなんてない。
仮に考えてくれていたとしても
最終的に彼らの生計は、商品として売られた私の受注金額によって成り立っている。
その事実は変わりようがない。
そんな彼らに私は人生を丸投げしない。
そうやって生きてきたけれど
それなりに限界を迎えていたのだと、そう思う。
現職の仕事をしながらの転職活動は、思ったよりもしんどくて、自分で応募する自己応募にも次々と書類の段階で落とされていく日々。
いとも簡単に私は孤独になった。
「あくまで話を聞くだけ。参考にするだけ。」
そう自分自身のプライドに言い聞かせながら、私は実際のところ藁にもすがる思いで、自分が所属していた会社ではない、別会社の転職サービスに、気が付いたら登録していた。
登録した2時間後に案の定、電話がかかってきた。
「はじめてお電話させていただきました。私○○サービスの井上と申します。ご登録をいただいた中村様の転職状況をお伺いしたく面談のお電話をさせていただきました。今お時間のご都合よろしいでしょうか?」
「はい。」
10分くらいで軽く切り上げるつもりだったのに、しっかりと話を聞いてくれる担当の井上さんの相槌にいつのまにか心を許してしまって、私はただただ、今の転職活動の状況だけでなく、転職にまつわる不安や悩みを、相談してしまっていて、気が付けば1時間が経過していた。
「本日は、長々とお電話のお時間いただきありがとうございました。それでは、中村様の現在の状況を考慮して、こちらでいくつか中村様のキャリアに合った求人をメールで提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。」
そう言って電話を切った。
少し、孤独が紛れた気がした。まだまだ自分はやれる気がした。
そして、この井上さんなら、本当に私に寄り添ってくれている気がしたのだった。
いやいや
危ない危ない。
あくまで私は彼女にとって商品。
あくまで、参考にするだけ、意見を聞くだけ。
そう言い聞かせ続けながら、約3週間の月日が流れていった。
「中村さん、おめでとうございます!先日、最終面接を受けた会社の内定が出ましたよ!」
「そうなんですね。ご連絡ありがとうございます。うれしいです。」
結局、彼女に求人を紹介してもらって、私はそのまま書類選考を受けた。
10社くらい応募して、通った書類はわずか3社。
ショックではあったけれど、自分自身で応募した企業は1つも受からなかったことを考えると、書類が通るだけでもありがたい。
私は有給をうまく駆使しながら、井上さんにうまく企業側に日程を調整してもらって、3社全部の面接試験を受けた。
面接試験は2回ある企業もあれば、1回だけだが、その代わりに適性検査があるところもあった。
現職で働きながらのスケジュールでバタバタする中、随時井上さんがリマインドをかけてたり、励ましの言葉をくれたことが心の支えになっていた。
「取り急ぎ、内定のお知らせを直接したかったのでお電話でした。お忙しいところありがとうございます。今、労働条件明示書を先方企業にて準備中ですので、そちらの書面届きましたら、メールで本日中にお送りさせていただきますね。」
「細やかな手配ありがとうございます。」
「一度持ち帰って、ご検討いただいて、疑問点や不安点など、明日再度お電話にでご相談できればと思いますが、明日のお電話のご都合はいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。明日休みなので電話大丈夫なのですが、ちなみに先方への返事はいつまでが期限になるのでしょうか?」
「そうですね、他の選考者との都合上、できる限り早く、遅くとも明後日までには回答をお願いできればと言われています。」
「そうなんですね、、、。承知しました。それでは明日お昼ごろお電話お願いしてもいいですか?」
「はい。12時頃のご都合はいかがでしょうか?」
「大丈夫です。ありがとうございます。考えてみます。それではまた明日よろしくお願いいたします。」
井上さんの対応は、ものすごくスピーディで無駄がなくて、それでいて親身にフォローしてくださって、ありがたかった。
自分で応募することを継続させていたら、絶対に現職に伝えている退職日までには間に合わなかったように思う。
書類選考も、面接日程の調整も、面接対策も、それぞれの企業に合わせた微調整も、ものすごく、、便利だった。
1つ1つ自分で考えて、調べて、調整して、、、なんてことしてたら、時間だけじゃなくて、心の容量まで、まったく足りていなかっただろう。
皮肉なことに、新卒のあの頃は、全く必要性を見出していなかった転職サービスの意味と意義を、約7年のときを経てやっと、十分に理解することができたのだった。
それにしても、、、。
内定が出たというのに
しかも、結構惨敗し続けていた中でやっと出た内定だというのに
なにもうれしいとか、ワクワクするとか
そういった感情を一切感じないのはどういうわけだろうか。
10社受けてその会社以外全部落ちたことが
かなしいからなのか。
いやそんなことはない。
かなしいとも、くやしいとも、つらいとも思わない。
本当になにも、感じない。
時刻は午後7時。
ちょうど外出帰りのオフィスへの帰途を歩いている際に、井上さんからの内定の報告を受けた。もうすでに定時の時間帯はとりあえず過ぎている。
私はオフィスに戻る前にコンビニに寄って、ホットの缶コーヒーを買った。
そして缶コーヒーを飲みながら、喫煙スペースに移動して、タバコに火をつけた。
おもむろに携帯画面を開くと、井上さんからメールが届いていた。
井上さんがスピーディに内定企業からの労働条件明示書を送ってくれていた。メールに添付されているファイルを開く。
やはり、彼女が言っていたように、私が今働いている現職よりも給与が上がっている。わずかではあるが2社目での職務経験が考慮されたらしい。月給には固定残業代50時間分が割り増しされて記載されている。
給料は上がるが、おそらく現職よりも残業は増える。それでも、スタートアップからは少し年月が経過した、いわゆるミドルベンチャー企業で、社員の平均年齢は私と同じくらい。同年代間の和気あいあいとしたコミュニケーションがとられているアットホームな会社らしい。
吸い込んだタバコの煙にため息を乗せた。
そういえばどこかで、そんなような会社をかつて新卒時代、求職者に提案していたような気がする。
はぁ、もう、どうでもいい。
とりあえず、今の現状を変えることができるのであれば、何でもいい。
そう考えれば、もうこの内定さえ承諾してしまえば、私の転職活動というゲームはクリアしたも同然なのだ。
そんなこと、わかっていながら煮え切らないこの気持ちを
缶コーヒーをグッと流し込むことによって少しだけ紛らわせて
私はオフィスに戻った。
翌日。
一旦寝てしまえば、またこの煮え切らない気持ちもスッキリとした気持ちに変化しているかもと思って、眠りに身を任せた私は、午前10時に起床した。
そんな期待とは裏腹に
昨日抱いた虚無感の原因は全然わからなくて、そのまま、都合よく消えてくれはしなかった。
気分なんて昨日のままで、全然煮え切らないままだった。
12時の電話までにいろいろ済ませておこうと、ベッドから起きて顔を洗い、遅めの朝昼ごはんを食べて、もう一度、井上さんからもらった労働条件明示書や、その内定企業のホームページや企業情報に目を通す。
やっぱり
何も感じない。
この企業に入りたいとも
逆にこの企業に入りたくないとも思わなかった。
入社する場面を想像して、今とは異なる新しい環境に身を置くことが億劫に感じ、だからといって逆に、この企業を辞退したとして、続けていく先の見えない転職活動についても億劫に感じた。
どうしようもない。
なんか、もうめんどくさい。
もはや、誰かに決めてほしい。
そんなことを思って、私は12時より少し前に井上さんに私の方から電話をかけた。
「お電話ありがとうございます。井上です。」
「あ、すみません。中村です。少し早めに連絡してしまいました。お時間今大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。承知しました。それでは、お電話料金かかっちゃうので、一度電話を切ってまた、折り返しますね。」
「はい。」
電話を切った後、折り返しはすぐにきた。
「改めて、お電話いただいてありがとうございます。昨日お送りしたメールはご覧になりましたか?」
「はい。すぐに送っていただいてありがとうございました。給与条件も思ったよりも高くてうれしかったです。」
「それはそれはよかったです。それで、、ご検討はいかがだったでしょうか?」
「はい、、、。それなんですが、正直なところ迷っています。」
「そうなんですね。迷い、、、ますよね。転職活動に迷いはつきものですもんね。もしよければ、どんな点で迷っているのかお伺いできますでしょうか?」
「そうですね、、。給与条件は申し分ないですし、同年代が多いというのもありがたいことですし、、、けれど、ちょっと残業が多いのが気になったりもして、、、まぁ、でも今の会社でも結構残業はあるので、それは仕方なかったりするのかなとも思ったんですけど、、、。」
「そうですよね、そのあたりは難しいですよね。」
「はい。まぁ、結局のところ、入ってみないとわからないとは思うんですけど、、、なんだか、踏ん切りがつかなくて、、、。」
「うむうむ。でも、やはり転職活動っていうのは、人生において大きな選択ですし、なかなか簡単には踏ん切りつかないですよね、、、。」
「そうですよね。100%の転職なんて結局できないですしね。」
「そうですね、、、。ただ、今回中村様は、給与面と会社の雰囲気を重要視されていた印象を受けたので、その面では申し分ないかなと思いますよ。100%の転職という言い方もできますが、逆に、ご縁があったという形で考えるのもありかと。」
「そうです、、よね。井上さんは、どう思いますか?」
「そうですね、私としましては、、、、、、、、、、、、、、、、、、。」
井上さんの答えが、まったく頭に入らなかった。
やっと気が付いた。
私は今、自分の人生を丸投げしようとしているのだ。
こともあろうに、全然見ず知らずの井上さんというキャリアアドバイザーに。私を商品として取り扱っている彼女に。
まんまと騙された。
いや、騙されたという感覚もちょっと違うのかもしれない。
井上さんは井上さんの仕事をしてくれた。
私の転職活動に親身に寄り添ってくれた。
ただそこに、私の意志はなかった。
ただ機械的に井上さんから掲示された求人に目を通して
ただ機械的に井上さんに書類を出してもらって
ただ機械的に井上さんに面接を調整してもらって
ただ機械的にそれらをすべてこなして
私はただ、機械みたいに転職活動しただけだった。
言われるがままで、考えることを放置していた。
というより放置せざるを得ないくらい、しんどかったのだ。
何も感じない。わけだ。
「もしもし?中村さん、、、聞こえてますか?」
「あ、すみません。聞こえてます。」
「あぁ、よかったです。そうですね、私の意見としてはこんなところですかね。」
「ありがとうございます。」
「どうされますか?先方にお返事しますか、それとも少し期限延長しましょうか?」
「いえ、大丈夫です。あの、、、、ものすごく申し上げにくいのですが、内定辞退お願いしていいですか?」
「え、辞退されるんですか?一体どうして?」
「いえ、理由は聞かないでください。すみません。もう本当に超個人的な選択なんです、、、。井上さんにはよくしてもらったのに申し訳ないのですが、、、。」
「もう少し、延長することも可能ですよ?」
「いえ、もう、延長は大丈夫です。とりあえず、内定辞退でお願いしたいです。そして、ちょっと自分自身でもう一度転職活動について、考え直してみます。」
「、、、、、、。承知いたしました。それでは辞退の方向で先方にお伝えさせていただきますが、連絡は明日にさせていただきますので、もしお気持ち変わるようでしたら、明日の午後12時までにお知らせください。ガチャ。」
最後に耳元に入った、わりかし強く置いたであろう受話器の音で、自分自身の選択が間違っていなかったことが強固に肯定された気がした。
あぶない。
あやうく、自分の人生を丸投げしてしまうところだった。
ギリギリで、自分自身を取り戻したとはいえ
私には特にやりたいことも、興味のあることも何もなかった。
ただただ
機械的に働くことはもうごめんだ。
そう思った。
どうして働くということは、こんなにも機械的で自分の意志というものがいとも簡単に消えてしまうのだろうか。
そう考えると
機械的に働きたくない。やりたくないことだけ先に決まってしまった。
どうしようもない。
結局のところ、私はその後、井上さんには連絡をせず、その企業にも行かなければ、その他の求人を紹介してもらうこともなかった。
だからといって、自分で受けたい企業もなかったし、転職活動をする気力も残っていなかった。
退職までの時間だけがただただ刻々と過ぎていった。
もう残された選択肢はひとつだけしかなかった。無事に退職手続きを終えた私は、文字通り職を無くして、無職となったのだった。