見出し画像

【短編小説】転職をこじらせて~第1話~

「じゃあ、あとは代行でお願いします。」

そう言われて、きちんと受話器を置いたのを確認してから、私は思い切りため息をついた。

また、だ。
またこの人、自分の人生を丸投げしている。
そんなことを思った。

2016年春、晴れて社会人となった私は、とある人材紹介会社で働いていた。
入社して10か月目。キャリアアドバイザーとして求職者様の転職に毎日向き合う日々だ。

「給与上がる&残業はないところ&責任ない仕事で紹介してもらいたいんですけど。」
「仕事辞めたい。けれど自分のキャリアで就職できるところがわからない。どうしたらいいですか?」
「そもそも自分が何に向いているかもわからない。何に向いていると思いますか?」
「書類書くのが苦手なので、自己PRとか志望動機とかいいかんじにまとめて書類選考出してもらってもいいですか?」

そんな求職者たちの要望が、全部同じ言葉に聞こえてしまうことが最近よくある。

「じゃあ、代行で。ある程度、あなたに人生委ねたんで、あとはよろしくお願いします。」

何をどうやったら、「仕事」という人生の大きな割合を占める大切な決定を、よく知りもしない他者に委ねる選択ができるのだろうか。

入社した当初、私にはその意味がわからなかった。

けれど、そんな自分の人生に向き合えないくらい世の社会人は忙しいのだと、自分のことについて考える時間すらないのだと、知りもしない他者に人生を相談してしまうくらいに人間不信に陥ってしまうのだと、そんな社会の怖さを痛感してきているお年頃だ。

そんな恐ろしく絶望的な社会の中で
人は自分自身の人生の責任を、誰かに押し付けたくなってしまう。
それも、よく、、、わかる。

キャリアアドバイザーとして何人も面談してきてよくわかったことは、みんなそれなりにたくさん悩んでいるということ。
今の職場に、今後のキャリアに、将来に。
けれど、それをなかなか身近に相談できる人がいないということ。

そんな人々の悩みに寄り添って、キャリアの方向性や、選択肢や、生き方をアドバイスしながら、対話し合って、一緒に考えて、新しい未来を求職者様とともに切り開いていく。

もちろんアドバイスをしている側とはいえ、あくまで代行業務になりすぎてしまわないよう、要所要所で、求職者様側に考えさせる余白を作って、実際に自分自身の人生、キャリアについて考えてもらって、自分自身の未来を、他でもない自分自身の手で切り開いてもらうようフォローする。それが私の仕事だ。

そういった正義の光の名のもとに仕事をしていた自分は、果たして一体どこに消えてしまったのだろうか。大丈夫。まだ完全に忘れてしまっているわけではない。

「さぁ、切り替えて切り替えて。私は私の仕事をするのみ。」

そう言って私は、先ほど電話を切った求職者様に、次にどんな求人を案内して、その方にどうやって自分のキャリアについて再度向き合ってもらうかを目の前のデスクに置かれたA4の裏紙に書いて検討しはじめた。

「中村さん、ちょっといい?」

そんな私を上司が呼び止めた。私は考えを中断して、彼女のデスクにメモノートと筆記用具を持って向かった。

「今月の中村さんの目標数字さ、、、。」

大きなモニター画面を見ながら彼女が私に問いかける。

「ちょっとまだ足りないと思うんだけど、どうやって達成していくか一緒に考えようか。今から30分時間作れる?会議室で!」

青井さんは、私の2個上の先輩であり、上司だ。
新卒で入社してわずかで、事業部の営業1位を取り、今は私が所属しているグループのリーダーをしている。年功序列なんて言葉は存在しない、実力主義の会社だった。

「はい。大丈夫です。承知しました。」

青井さんは厳しいけれど、優しい。厳しさの中には愛があって、だから青井さんは新卒同期みんなの憧れの的だ。そんな上司の直属で働けることを、少し前まではもうちょっと、誇りに思っていたように思う。

「はい、じゃあ求職者整理するね。」

会議室に移動するなり、大きなモニター画面に私が今抱えている求職者一覧表のスプレッドシートが提示された。

「上から行くよ。Sランクは受注確定でいいかな?」

「はい。もう内定承諾も取れているのであとは受注の手続きだけです。」

「よしよしオッケー。じゃあ次Aランクの人はどんな状況?」

「面接明日なんですけど、ほぼほぼ合格が確定しているのと、本人の意向もだいぶ固いので、面接同行行かなくても問題ないかと思っています。」

「オッケー。じゃあ、ここからだな。あとがBとかCなんだよね。そこからあと金額的にこのランクBの60万案件で1件、まぁ単価は落ちたとしてもこのCの20万案件と40万案件が入れば達成ってかんじか。」

「工数的にはBの角度高めるのがいいと思うんだけど、難しいかんじ?」

「そうですね。ある程度、本人の明後日面接受けるところの意思は固いんですけど、受かるかどうかが問題で、、、。結構刻んでるんですよね。この年齢で5社目なんです。」

「あー、それはだいぶいってるね。」

「はい、ただ3社目で、面接受ける企業と同じ職務経験3年あるので、そこを重点的に企業側にはPRしました。企業側もそこまで温度感的には悪くない感じだったのでBにしてます。あとは人柄と印象を今日の面接対策でチェックして確度高める予定です。」

「なるほど。まぁ、このキャリアじゃ、今すぐすぐ他に紹介できるとこないしな。オッケー。とりあえずそのまま進めて。じゃあ、Cランクはどう?」

そうやっていつもの面談の時間が過ぎていった。
青井さんにとって求職者様は人じゃない。
たくさんの広告費を投資して今私の手元にある商品だ。
いくらの価値があるのかは値段で決まる。
そう。私が面談している求職者様は人じゃない。商品である。

そして、それらからはお金が発生しない。私たちがこの仕事をして生きていくためのお金を払っているのは、紹介した企業側だ。どんなに丁寧に人として求職者をフォローしたところで、商品として売れなきゃ意味がない。

「中村さん、前も言ったと思うけど、面談で求職者の話をしっかり寄り添って聞いてあげることができているのはいいことだけど、あくまでこれは仕事であって、ボランティアじゃないから。そのことは肝に銘じておいて。」

そうやって、いつものように、いつもの言葉を青井さんは私に言い残して自分の仕事に戻っていった。

私も会議室をあとにして、自分のデスクに戻る。ちょうどお昼の時間帯になっていた。先ほどまでの緊張感と違和感を和らげようと、私は財布と携帯を持って外のコンビニへ出かけた。

コンビニはオフィスの向かい側にある。
とりあえず、喫煙スペースに行って、ポケットから取り出したタバコに火をつけた。

「はぁ、あの言葉を言われたのは果たして何回目なのだろう。」

行き場のないこの気持ちを、タバコの煙に乗せて思い切り吐き出した。

わかってはいる。
青井さんの言う通り、私の給料は会社が払っている。
つまり、私は会社によって生かされている。
その限りは、その会社から指示された予算の通りに売り上げを達成しなければ、給料をもらう価値はない。


それでも


人を扱う、人に向き合う仕事をするにあたって、最低限私なりのゆずれない正義があって、それに基づいて頑張ってきたつもりだった。
たしかにここでいう求職者様は、単なる商品にすぎないのかもしれない。
けれど、たとえ商品であったとしても、前提として人であり、心があり、個々人の想いがある。そこに寄り添えないなら意味がない。

そんな私のゆるがない正義が、もうそろそろどこかに消えてなくなってしまいそうだった。

そんな正義なんか持ってない方が断然楽なのだった。

「中村っち、お疲れ様。」

「おぅお疲れ。一平は外出してたの?」

「うん、今ちょうど戻ったとこ。俺も吸おうっと。」

そう言って、同期の一平が、私の隣にくるなり、タバコに火をつけた。
彼は私のよき一服仲間だ。

「どうだった?面接。」

「うん、大丈夫そう。本人のモチベも面接であがったっぽいし。これで合格だったら、今月はクリアってかんじだな。まぁ確実に受かるけど。」

「相変わらず一平は要領がいいね。ほんと見習うとこたくさんだわ。」

「まぁね。そっちは?」

「うーん。微妙なところだな。今週終わってみないとわからない。今日も青井さんから釘刺されたし。」

「また?相変わらずだな、中村っちは。こないだ言われたばっかじゃん。」

「ね~。懲りないよね私も。あーあー、私も一平みたいに人の心消せたらな。」

「人を冷徹人間みたいな呼び方するなよ。失礼な。笑」

「褒めてんの。私にはできないから。こないだ言ってくれたじゃん。ゲームの感覚で仕事したらいいって。人と関わってるって考えるからしんどいんだって。あれ、結構頑張っていま実践してるとこなんだよ。自分なりにさ。」

「そうなんだ。まぁ、僕のやり方合うかどうかね、、。中村っちの人情に熱いところは、それはそれで強みだと思うけどな。」

「どういうこと?」

「染めれるじゃん。そんだけ人に寄り添えたらさ。だいたい中村っちの求職者って、それだけ寄り添ってるから、結構なんでも言うこと聞いてくれるじゃん。俺の場合、そういう寄り添うみたいなこと絶対できないから、よく電話ぶっちされたりするし。それってすごい強みだと思うよ。」

「そう、かもね。てか、そう、だよね、。」

吸い終わったタバコを、名残惜しそうに灰皿に擦り付けながら、私は下を向いた。

「なぁ、中村っち。」

「うん?」

「辞めるって決めたら、そのときは真っ先に俺に相談しろよ。手伝うから。」

「うん、ありがとう。じゃあ先行くね。」

ちょっとだけ泣きそうになった自分が恥ずかしくて、私はコンビニに昼ごはんを買いに来た目的を忘れて、そのままオフィスに戻ってしまった。

デスクに戻り、さっきまで書いていたプランのA4の裏紙に目を通す。


わかっている。


こんなこと、考えずに、丸投げされたその人の人生を、こちら側である程度都合のいいように解釈して、染めて、それに従ってもらう。
そもそも丸投げしてきたのはそっちなんだから、こちら側でどんな選択肢を提示して、そのどれを求職者が選ぼうが、私には関係ない。

そうでもしないとやってられない。

私は、その書いていたプランの紙をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に捨てた。

それでいい。

どうせ

「100%の転職なんてできない。」のだから。

求職者側がどんな要望を持とうが、給与が上がろうが下がろうが、残業が多かろうが、少なかろうが、自分の人生の選択をキャリアアドバイザーである私に委ねようが、委ねまいが、最終的に、選び取った個人の選択ですべての要望が満たされることなんて、ない。

どこかでひずみや違和感は必ず感じるのであって、それは、決めた本人が向き合わなければならない問題なのだから。私には関係、ない。


「じゃあ、あとは代行でお願いします。」

「承知いたしました。○○様のキャリアだと、新しい分野に挑戦する(受注した際の売り上げが落ちる)よりも、○○様の営業能力をそのまま生かして転職する(こちら側の売り上げが上がる)方が年収が上がって、以前よりも金銭面での余裕が生まれると思いますので(残業は増えるけど)、その方向性で求人を提案させていただこうと思うのですがいかがでしょうか?」


そうやって、個々人が自分のキャリアについて考える余白なんて別になくて、作らなくて、それでいい。本人がそう、望んでいるのだから。


「じゃあ、あとは代行でお願いします。」

「承知いたしました。それでは、○○様の条件に合いそうな求人(あなたの経歴で受かる企業)を提案させていただきますね。」


丸投げしたのは、そっちなのだ。そもそも。私は悪くない。



「じゃあ、あとは代行でお願いします。と言っていたんですが、迷ってきました。」

「そうですよね。転職に迷いはつきものです。先日合格された企業、どんな点で迷っていらっしゃるのですか?」

「給料はたしかに上がるって、労働条件明示書確認したんですけど、やっぱり残業とか、プライベートの面も大切にしたいなって思ってきて、、、。中村さんはどう思いますか?」

「そうですね。たしかに残業の面で考えると少し、負荷がかかるかもしれませんが、ある程度社内コミュニケーションは活発でアットホームな会社(人によっては)で、チーム内での相談とか1on1は密に行われているみたいなので、入職してから(受注して売り上げが上がってから)ご相談して調整することは可能かと。とはいえ、○○様のキャリアだと、なかなか給与があがる求人(あなたの経歴で受かる企業)は少ないですので、やはり第一条件として『給与』を挙げていらっしゃった点を考慮すると、かなりいい条件であるとは思います。とはいえ、最後に決めるのはあくまで○○様なので、しっかり検討していただいて、何かわかないことがあればお気軽にまたご相談なさってください。」

「そうなんですね。いや、なんか、話してスッキリしました。大丈夫な気がします。やっぱり、代行でお願いします。」

「承知しました。それでは合格したA社に入職する方向で進めますね。」


それで別に問題ない。
どうせ「100%の転職なんてできない。」のだから。
本人が転職して、その先で何を考えようが、私には関係、ない。


そうやって、無事、私はその月の予算を達成した。
一平風に言わせれば、無事、ゲームをクリアしたのだった。


どこまでも、人はあくまで商品で
どこまでも、私の給料を払ってくれる人は企業で
どこまでも、求職者は私にお金を払ってくれているわけではなくて
どこまでも、ゆるぎないと思っていた正義はまたたくまに姿を消して
どこまでも、あくまでゲーム感覚で数字を追っていたら
どこまでも、私は機械的だった。


人の心とか、感情とか、想いなんて必要なかった。
本当に、機械になったみたいだった。


自分に課された予算は達成したのに
なんにもうれしくなくて
なんにも楽しくなかった。

逆に
なんにも苦しくなくて
なんにもつらくなくて
なんにも感じなかった。


プツンとどこかで糸が切れた音がしたような気がした。


「ねぇ、一平今日夜あいてる?」

「どした?」

「うん、やっぱり無理かなって私。」

「そっか。とりあえず飲みにいこう。」


切れた糸の音は気のせいみたいだった。
もうそもそも、とうの昔に私の糸はプツンと切れてしまっていて、気がついたらその残骸が残されていただけだった。

*******

<第2話>

<最終話>


いいなと思ったら応援しよう!