私にとっての理想的なお金の使い方
家族のためにお金を使うのには抵抗がない。なのに、どうして自分の洋服や化粧品を買ったり、美容院に行ったりするのには抵抗があるのだろう。
答えは分かっている。子どもの頃から植えつけられてきた、母親の価値観が影響しているのだ。
時代的な背景もあるかもしれない。きっと母親の両親も、そのまた両親も―「自己犠牲」が当たり前の世界で生きてきたのだろう。
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母の考え方は、私が大人になってからも変わらなかった。
例えば、仕事が休みの日にショッピングモールに行き、帰ってきて「ランチのパスタが美味しかったんだ」と私が報告したとする。すると「いいご身分ね。お母さんは家でカップラーメン食べたわよ」と返されるのだ。
母は単に事実を述べただけなのかもしれない。だけど、私は責められているように感じてしまう。そして「自分がランチするためにお金を使うなんて、贅沢すぎるよね」と罪悪感でいっぱいになる。
似たようなやりとりが積み重なるうちに、「自分の楽しみ」の背後には「家族に対する申し訳なさ」が付きまとうようになった。
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今月に入って、急に「リンパマッサージに行きたい」と思った。定期的に通っているとかではなく、ただの思い付きだ。
あれこれ考える間もなく、ホットペッパービューティーで口コミが良さそうなところを探して予約した。
私にとっては安い金額ではない。むしろ、贅沢すぎるお金の使い方だ。
「本当にいいのかな」と、少し気持ちが揺れる。服や化粧品なら、品物が手元に残る。美容院なら、パッと見てキレイになったのが分かる。でも、リンパマッサージは受けたところで、自分自身しか良さは感じられない。
一瞬考えたけれど、気にしないことにした。「私が働いて、もらったお金なんだから、使い方は私が決めていい」と自分に言い聞かせる。もし、母親に何か言われたとしても、受け止めなければいいだけだ。
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初めてのサロン。施術は全身なので、服を全部脱ぎ、紙の下着を身に付けてガウンを羽織る。さすがに少し緊張した。
でも、担当のマダム(妹のタイ人の友人母に似ていた)が、あったかくて可愛らしい方で、すぐにリラックスできた。
体の凝りに効くらしい漢方のオイルを塗った手で、足先から頭まで結構な力で押される。肩や首、背中は凝っているらしく、ごりごりしているのが自分でも分かった。
「こんなに自分の体に意識を集中させることってないなあ」と思う。いかに普段、体や心を適当に扱っているかを痛感した。
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サロンを出て、青空のもと、まだ少し冷たい春風に触れる。驚くほど全身が軽やかだった。しかも、お手洗いで鏡に映った顔を見たら、むくみがとれたのか、いつもより目がぱっちりしているではないか。
お金を使った罪悪感は全くない。「自分のご機嫌」を5800円で買えるなら、安いもんだと思う。当たり前だけど、私は私だ。「自分のためにお金を使えるって、最高に幸せなことだな」と思った。
そして、体と心が軽くなったのは、凝りが解消されただけじゃなく、刷り込まれてきた価値観が消えていった証拠でもあるのだ。
▼「親になったからって我慢ばかりしなくていい」というメッセージは、娘からも受け取っていた