子への怒りは、私への怒り
息子とオセロ対決。
彼は、はじめこそ、着実に「石」を置いていた。
しかし、次第に劣勢になるにつれ、
私の方を伺い、
違うことに興味を逸らすよう、話を振る。
あやしい──。
そう思いながらも、
私も端を自分の石、「黒」で埋めたいと
戦略的に置く。
その時──、
彼の弟が、お腹がすいたと泣き、
私が対応をした。
そこから戻ると、
何かがおかしい。
先ほど私が取った場所が、白い石に成り代わっている。
あり得ない。
でも、私は見ていない。
「なんかおかしくない?」
問いかけると、「おかしくないよ」そう返してきた彼の目が踊っている。
気のせいか──。
また勝負を進める。
私が赤ちゃんに軽くお茶を飲ませたあと、
振り返った
その時。
目に見えて「白」が増えていた。
確信犯だ──。
私の中の怒りのスイッチが入った。
腹の中に、黒いものが渦巻き、ガラガラと音を立てながら登っていく。
「それ、わかってやってんの?」
彼は、驚いた様子で、口を開けたまま止まった。
「そんなに勝ちたいわけ?──なあ」
返ってこない会話を、する気もないと言うように、次から次へと言葉が出てくる。
「そんなに勝ちたいなら、やるよ。ほら、やるよ」
そう言いながら、石を彼の足元へ投げつける。
「勝ちたいんだろ?欲しいんだろ?そんなものくれてやる」
「それでズルして勝って、嬉しいんだろ?なら勝てよ。こっちは別に勝っても負けても、どうでもいいんだからよ」
「ほら、勝てよ」
荒々しい口調に、私自身が自分の言葉なのか
疑い、止める思考の隙を許さぬペースで
音が発せられる。
この言葉の刃が、彼の心へ鉛を撃ち込んでいるのがわかる──ただ、止まらない。
呼吸が浅くなる。
今、ここで彼の嘘を暴き、糾弾し、愚かな態度を当の本人に見せつけ、自覚させたい。
自覚させてやる。最低な行為を──。
近くで見ていた叔母が、
「takaでも怒ることがあるんだね」
とせせら笑った。
鬱陶しい。なんだその発言。
頭の片隅でキャッチしたその情報を、
今は意味のないものとして処理した。
私の頭の中では、「ふざけんな」「嘘つき」という
彼を罵る言葉がこだまし、
私は──その場を離れた。
どうして、
オセロ一つで、
こんなに気持ちに波風が立つんだろう──。
そう思いながらも、逆立った心は止める方法を知らなかった。
そこから3時間くらいは、
家族の誰かに、何を話しかけられても
無表情、そっけない態度で接した。
子どもたちは、
私の機嫌が悪いのを察知し、
部屋の片付けをしてそれを報告したり、
顔を覗き込んできたりする。
それさえも、もう、鬱陶しかった。
そして、息子。彼が原因だというのに、
別の話題を私に振ってくる。
──うるさい。
自分のやったことを、少しは反省しろ。
心の中の誰かが、そうぼやく。
暫くして、
私は、深呼吸をした。
──なにか、ある。
私の心の中に、今回の事とリンクする、
"なにか"が。
強烈に、反応する、
"なにか"が。
彼と──、話してみよう。
そう思い直し、
彼を呼んだ。
私の目の前で、
神妙な面持ちの、彼。
静座をし、私の目を見ている。
「オセロのこと、ごめんなさい……」
か細い声で、彼は呟く。
「うん、どうしてズルをしたの?」
「勝ちたかったから……」
「勝ちたかったのはわかるよ。でもね、ママは、悲しかったし、怒ったよ。どんな小さな事でもね、嘘をついたり、ズルをしたら、あなたがそういう人だって思われちゃうんだよ。ママは、嫌だよ、そんなこと。」
「はい……」
「あなたの名前には、『嘘をつかない、正直に生きる』そんな意味があるんだよ。」
名前の由来を話した時、私の目には涙が溢れ、目頭に熱く溜まった。
そして、こう続けた。
「ママだってね、嘘をついたことはあるよ。
小さい頃、塾のクジの景品で、1つ取るところを、掌で隠しながら、2つ取ったことがある。
仕事で、皆が使う道具を壊して、自分が壊しました、って言えなくて、なんとか直そうと、誤魔化そうとしたこともある。
でもね、そうやって嘘を重ねていたら、自分を信じられなくなっちゃうんだ。自分に嘘をついたら、神様が見てるよ?自分が嘘をついたことは、自分が知ってるの。自分には嘘はつけない。誤魔化せないんだ。」
そう言いながら、
私も、息子も、既に頰には雫が何筋も伝わっていた。
それを拭い、鼻をかみながら、
だからね……と繋げる。
「あなたは、どう生きたい?
これからも、嘘をついて生きていく?それとも、違う?」
「正直に……生きたい」
そう答えた息子は、
嗚咽を漏らしながら、言葉にならない声を出して泣いていた。
「そうか。ありがとう。ママも、今まで、いっぱい嘘をついて生きてきちゃったけど、これからは、あなたと、正直に生きていくよ。」
「うん。」
「いっしょに、正直に生きよう。」
──話しながら、私は気づいていた。
息子への言葉が、全て、私への言葉だということに。
今まで、嘘をつき、誤魔化して生きてきた
自分への怒りが、噴出したのだということに。
なんで、嘘をつくの?
なんで、誤魔化すの?
なんで、裏切るの?
自分が、自分への怒りを
気づいて、気づいて、と
叫びとして、現していたんだ。
「嘘をついた分、自分を信じられなかった」
それが、今まで自分に自信がなかった理由だったんだ……
これからは、正直に生きよう。
私が、息子に、『正しくあってほしい』という
純然たる欲求をもっていたのは、
ほかでもなく、私自身が、
魂からそれを望んでいたからなんだ──。
『誠の心をもって、正直に生きる』
それが、私を、私らしく輝かせるんだ。
気づかせてくれて、
ありがとう。
「怒り」という、
ネガティブな感情の奥底にあったのは、
紛れもなく、
私の、『純真な願い』であった──。
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