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映画館へ 関心領域を見る

この記事を書こうか書くまいか迷ったが、やはり書いておこう。

先日、映画『関心領域』を見に行った。
映画館に最後に足を運んだのは、エマ・ワトソン主演のLittle Womenで、2020年2月の事。
コロナの影響もあり、なんと4年間も映画館に行かなかった。

私の周りでは、戦争映画としてはオッペンハイマーのほうが話題に上がる機会が多く、また見に行った人も多かった。
奇しくも、今朝のNHKのニュースでは、彼が被爆者に謝罪していたという記事が掲載されていた。

さて、私がこの映画を見に行こうと思ったのは、ある一人の大切な友達からのメッセージだった。

関心領域を見に行ったよ。
ぐったりした。
アウシュビッツに行った記憶を思い出したよ。

彼女からの短いメッセージで、私の記憶は一気に過去に引き戻された。
私は彼女と共に、アウシュビッツを訪れたのだ。
それは、たまたま私の30歳の誕生日だった。
誕生月に限らず、旅行好きな私達は、頻繁に旅行に出掛ける。
あの時はたしか、彼女がアウシュビッツを訪問したいと提案してくれた。
飛行機の予約をして計画を立て始めると、アウシュビッツを訪れる当日は、ちょうど私の誕生日になった。 

クラクフに戻ってきてからも、先程見た景色が何度もフラッシュバックし、どんよりした感情を引きずったまま、中央市場広場のカフェに座った。
先程まで見ていた景色と比較すると、その美しさは、まるで現実的ではないように思えた。

普段はおしゃべりが止まらない私達は、街を楽しく観光し、美味しいものを食べてお祝いをする。
しかし、彼女もまた、私と同じ感情を抱いていたのだろう。
私達はあの日、美しい広場の様子を、ただただ無言で見続けたのだった。

彼女からのメッセージで、そんな遠い記憶が、一気に蘇った。

デュッセルドルフでは、現在の上映劇場は1ヶ所、しかも週に2回のみ。
私一人のための上映になるかとヒヤヒヤしたが、ギリギリになって観客が集まったのでホッとした。

『関心領域』(かんしんりょういき、The Zone of Interest)は、マーティン・エイミスの同名の小説を原作とし、ジョナサン・グレイザーが脚本・監督を務めた2023年のアメリカ合衆国・英国・ポーランド共同製作の歴史・ドラマ映画である。クリスティアン・フリーデルがアウシュヴィッツ強制収容所の隣に建てた新居で妻のヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)との理想の生活を築こうとするルドルフ・ヘス所長を演じる。

『関心領域』は2023年5月19日に第76回カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、グランプリとFIPRESCI賞を獲得した。第49回ロサンゼルス映画批評家協会賞では作品賞を獲得し、2023年ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞では国際映画トップ5に選ばれた。第96回アカデミー賞にはアカデミー作品賞、監督賞、国際長編映画賞(英国代表作)を含む5部門にノミネートされ、国際長編映画賞・音響賞を受賞した。またゴールデングローブ賞にはドラマ映画賞を含む3部門、英国アカデミー賞には英国作品賞を含む9部門にノミネートされた。

出典Wikipediaより

マーティン・エイミスが2014年に世に送り出した映画の原作本は、ドイツの出版社が印刷を拒否したそうだ。
The Zone of Interest
ドイツ語で„Das Interessengebiet“
この言葉は„人々が興味を持つ領域“というそのままの意味だけでなく、ある別の重みを持っている。

第二次世界大戦中、ドイツ占領下のポーランドにあったアウシュヴィッツ強制収容所。
外界から遮断されたこの地域に、このナチス最大の強制収容所・絶滅収容所群が建設された。
約40平方キロメートルに及ぶこの地域には、アウシュヴィッツ強制収容所の本収容所、アウシュヴィッツ・ビルケナウ絶滅収容所、作業場、親衛隊部署、アウシュヴィッツ強制収容所と隣接する小収容所が、1941年5月末から1945年1月末の解放まで存在していた。
更に1943年6月からは、独立した行政区としてこの地域は『関心領域』と呼ばれ、公式に存在していたのだ。

映画の中では、明確な答えは示されない。
映像を見て想像し、連想し、自分なりの答えを見つけていく。

この映画には、シンドラーのリストのように収容所内部の様子が映されるシーンはない。
むしろ、収容所の隣に住む家族は、まるでその存在がないかのように、普通の暮らしをしている。

家族団欒のシーンが映し出されていたかと思うと、男性たちはユダヤ人大量殺人の計画を練っている。
シーンの背後で、パンパンッと鳴る音は、銃声だろう。
その音を、誰も気に留めることがない。

関心という言葉が使われながら、この映画では、無関心が前面に押し出されているのだ。
この無関心は、見る人に対して、ある種の気持ち悪さを植え付ける。

この地は、子供達にとって最良の場所だと言う妻。
しかし妻の母親は、この地の異常さに耐えきれずに逃げ出す。
人にとっての最良とは、一体何だろう?

夜中に、赤く照らされる収容所の様子が、カーテン越しに見える。
外ではおぞましい事が起きているのが分かるからこそ、カーテンを開けることができない。
分かっているのに無関心を装う事もまた、無関心だ。

夏の間、庭のプールで楽しそうに遊んでいた子供たち。
冬になって、女の子たちが外で遊ばなくなったのは、本当に寒さのせいだろうか。
収容所から漂う、異様な匂いのせいではないか?
通常であれば映像からは伝わらない匂いまでもが、役者のかたの演技から感じ取る事ができる。

映画は、音の効果が強かった。
グォーンと重低音で流れる音は、閉塞感を感じさせて居心地が悪くなる。
エンドロールで流れる音楽は、人の声のようでもあり、叫びのようでもあり、聴いていてゾワっとする。

ヘンゼルとグレーテルの読み聞かせをしているシーンだけ、黒白で映し出されていた。
ヘンゼルとグレーテルが、家路が分かるようにパンをちぎって道に撒いたように、囚人たちのためにリンゴを隠す少女。
その少女が見つけた、小さな缶に入ったメモ。
シンドラーのリストでは、全編白黒の中、赤いコートを着た女の子だけがカラーだった事を思い出す。

最後のシーンでは、アウシュビッツの現在の様子と展示物が映し出された。
見学者ではなく、館内を掃除している方々の姿だ。
見学に来る人、つまりこの場所に関心を持っている人のために、この場を守り後世に遺そうとして下さっている。
山積みの靴を見て、私はあの大きなガラスの通路に立った時の事を思い出し、身震いし鳥肌が立った。

先日、欧州選挙が行われた。
ドイツでは、第二党に右派AfDが躍進した。
これは、数年前には想像もつかなかった事だ。
AfDについては、ナチス親衛隊を擁護する発言をはじめ、様々なスキャンダルを抱えているにもかかわらず、若者を中心に支持を得ている。
AfDを糾弾するデモが各地で繰り広げられていたが、結果はこうなった。
私は、外国人としてここで生活しているため、反移民を訴える党の躍進は、正直なところ心細い。
この情勢の中でこの映画を見たのは、私にはタイミングが悪かったかもしれない。
要らぬ不安を駆り立てられてしまった。

日本での公開は、5月末からだそうだ。
ご興味のあるかたがいらっしゃったら、ご覧になって頂きたい。

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ホロコーストに関する場所を訪れた記事。

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