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趣味の重さ
あなたの趣味は何ですか?
そう聞かれると、返答に困ってしまう。
これは、昔から変わらない。
これは果たして趣味と言えるレベルのものだろうかと、少し悩んでしまうからだ。
でも最近は、自分のことを、以前よりも少しだけ深く理解できるようになった。
趣味という堅苦しい言葉ではなく、私は何をしている時に嬉しく思ったり、感動したり、興奮するのか。
そう考えてみると、ちゃんとそこに答えはあった。
私の好きなことは、ほぼ全て旅行に詰まっている。
まずは、見たい絵がある場所を訪れること。
これは、学生時代から変わらない。
街をそれほど観光せず、美術館や博物館だけ訪れる事も多かった。
本や画集、インターネットで、絵はいくらでも鑑賞できる。
それでも、絵の前に立った時の感動とは比較にならない。
厚く塗られた絵の具の凹凸、絵とは思えない繊細な筆使い、その絵が収まっている額縁との一体感、大きな空間に飾られている開放感、それらは現地でしか味わえない。
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そして、世界遺産を訪れること。
スタンプラリーのように、目的地の制覇を目標とはしていない。
むしろ、何故その場所が世界遺産として選ばれたのか、なぜその場所を守っていく必要があるのか、その背景を知りたい。
ネットや本の情報だけでは感じられない、その場所に行った時の空気を、私は感じ取ってみたい。
パルテノン神殿を目にした時、それが世界遺産だからという理由ではなく、純粋に私は感動して鳥肌が立ち、涙が溢れてしまった。
あれほどの強い感動を私に与えた場所は、そう多くはないだろう。
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他には、ハイキングや山登りをすること。
月に一度ハイキングに出掛けていた頃と比較すると頻度は減ってしまったが、最低でも年に一度はハイキングのための旅行をしたいと思っている。
これは、年末の大掃除のように、私の中の何かをリセットするためでもある。
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更には、美しい景色を見ること。
ハイキングにも繋がるが、山や川、滝、広大な放牧地などを目にすると、一瞬だけ身体が凍りついたような感覚になる。
普段見慣れない景色。
自然が創り出した景色に、ただただ感動する。
一方では、人間が創り出した美しい景色にも惹かれる。
例えば私が好きなのは、木組の家。
あちこちに残っている、木組の家が立ち並ぶ風景を見に行く。
都会特有の、整然と碁の目のように造られた街、大通り、高層ビルも私の目を奪う。
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季節限定であれば、クリスマスマーケットを巡ること。
これはドイツに来てからの、冬の楽しみの一つ。
寒くて暗く、長い冬。
しかし、この時期だけは街が明るく輝き、華やかなイルミネーションに彩られる。
大小さまざまなクリスマスマーケットを訪れたが、どの街もそれほど大きな変化はない。
そこには、グリューワインに加えられる香辛料、炒ったアーモンドの香ばしい薫り、チーズや揚げ物の食欲を誘う香り、そして人々の笑顔が溢れている。
子供から大人までが揃って、この場所を楽しんでいる。
この場所には幸せが詰まっている気がして、私はあちこちのクリスマスマーケットに足を運んでしまうのだ。
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そして最近は、音楽について学びたいと強く思うようになった。
厳密に言えば、クラシック音楽のことだ。
これは、画家の人生を知るにつれ、音楽家との交友関係に触れられる事があるからだった。
元々音楽は好きな方だが、一人一人の画家を知り、その絵に触れてきた時のように、作曲家の生い立ちや経歴を知り、その上で作品を聴いてみたいと思うようになった。
何となく聞いてきた音楽が、まるで霧が晴れたように、私の心にダイレクトに届く。
この曲を書いた時、作曲家はどんな気持ちだったのだろうかと想像する。
音楽の学ぶべきことは多く、私はまだまだ初心者だ。
でも学ぶというよりは、むしろ楽しもうと、あちこちのコンサートへ出かける。
私にとって音楽は、単調な生活に彩りを与えてくれるようだ。
そして最後が、このnote。
旅行をした後、訪れた場所の単なる記録だけでなく、その時の感動や思い出を文章として残す事が、楽しみの一つになってきた。
しかし、ブログを書いている事を知人に話した事は、一度もない。
このように、私の趣味は、人に語れるようなものではない。
目的地が有名どころであれば話題にもなるが、少々マニアック過ぎる時もあり、聞き手を困らせてしまう事すらある。
私の旅の目的地を知らない人も多いし、私が見たい絵を描く画家を知らない人もいるからだ。
そんな街や世界遺産があるんですねと言って下さる人は時々いるけれど、そこに行ってみたいと言う人はなかなかいない。
だから趣味を聞かれた時には『旅行』ですと言っておけば、難を逃れられると分かってきた。
写真映えするような観光地でもなく、有名どころを巡る旅でもない。
誰かに羨ましいと思われる旅ではないが、そんな事はどうでも良いのだ。
私は、私の機嫌を取ることが一番大切だから。
私は、何をしたいのか。
私のために、私は何をしてあげられるのか。
せっかくお出かけをするのだから、美味しいものや、その土地でしか食べられないものを、是非食べてみたい。
弾丸旅行で、より多くの場所を訪れる事を好む方もいらっしゃるが、今の私の性格には合わないようだ。
街は、朝と夜では違う顔を持っている。
そのどちらも見ておきたいし、その街でゆっくり過ごしたい。
私は、欲張りなのだ。
その為には宿泊場所が必要だが、豪華さは求めておらず、清潔さと快適さに重点を置いて選んでいる。
プールやサウナがあれば、それらの施設を満喫し、そのホテルのその部屋からしか見られない景色があるなら、それを見てみたい。
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私はこのように自分を最大限に甘やかし、旅行に連れて行ってあげている。
加齢と共に身体の不調を訴え、頻繁にマッサージやスパ、病院に通う人も多い中、私はありがたい事に健康を保ち続けている。
毎月のマッサージやスパ代、お薬代と比較すると、随分と楽しい出費と言える。
旅行に出かける事、出かけたいと思う気力が、私を健康に保ってくれているのかもしれない。
いつでもハイキングを楽しみたいので、筋力が衰えないよう軽い筋トレやストレッチは、毎日欠かさない。
ついでに言えば、私は洋服、アクセサリー、時計、靴、鞄、化粧品などにこだわりが無いというか、物欲というものがあまり無いのかもしれない。
ネイルサロンにも行かないし、マツエクもしない。
しかし、身だしなみに全く気を使っていない訳ではない。
流行りやブランドには左右されず、自分にとって心地良いものを選び、身に付ける。
自分が誰かに仕事を頼む時に、この人ならば任せられると思えるような清潔さと心地良い身だしなみを、自分も心掛けている。
爪は綺麗に短く切り揃え、薄化粧だけで、今の私には充分だ。
そんな訳で、私は旅行以外には、それほどお金のかかる生き方をしていない。
交通費も、ドイツ国内の普通電車だけを乗り継ぐ気力さえあれば、ドイッチュランドチケットを使えば無料で移動が可能だ。(長距離はさすがに高速列車を使うが)
時々友達と美味しい料理を食べに行き、たくさんおしゃべりをするのが、日頃の楽しみ。
旅行に出掛けて、物質的に何かが増える訳ではない。
増えるのは、撮った写真分のiPhone容量と、noteに加えられる記事の数だけ。
思い出、満足感、幸福度。
目に見えないそれらの物は、しかし確実に増えていく。
それは物質的な重量よりも、もっと深く重く、私の中に残り続けていくようだ。
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