
アイーダ METライブビューイング
ニューヨーク メトロポリタン歌劇場。
外から眺め、いつかここで観劇してみたいと願った歌劇場の一つ、通称MET。
その公演、オペラ アイーダのライブビューイングに足を運んだ。
場所は、デュッセルドルフ中央駅前の映画館。

チケットを購入したのは10月で、数枚しか予約されていなかったが、当日は全ての席が埋まっていた。
上映直前になると、映画館の担当者から現在の通信状況に問題がないことが説明され、みんなで安堵して開演を待つ。

アイーダは、ヴェルディによる24番目のオペラで、最も有名な作品の一つと言えるだろう。
特に凱旋行進曲は、誰もが知っているのではないだろうか。
スエズ運河開通のお祝のために、エジプトを舞台としたオペラ作成を依頼されたものだ。
演出:マイケル・メイヤー
舞台美術:クリスティン・ジョーンズ
指揮:ヤニック・ネゼ-セガン
出演:アイーダ:エンジェル・ブルー
アムネリス:ユディット・クタージ
ラダメス:ピョートル・ベチャワ
アモナズロ:クイン・ケルシー
ランフィス:モリス・ロビンソン
エジプト王:ハロルド・ウィルソン

エジプトとエチオピアの戦いが、このお話のベース。
エジプト王女アムネリス、エジプト軍を率いるラダメス将軍、そして奴隷として捕えられているエチオピア王女アイーダ。
この3人の恋愛の三角関係、祖国への愛が複雑に絡み合い、物語が進んでいく。

アイーダ役は、エンジェル・ブルー。
これは芸名ではなく本名なので、彼女は生まれながらにして、スターとしての運命を背負っていたかのよう。
彼女は、これがMETでのアイーダ役デビューでもあるそうだ。
私は彼女の舞台を見るのは初めてだったのだが、歌が素晴らしいことはもちろん、表情がとても豊かで魅力的。
このお話は悲しいシーンが多いけれど、それとは対照的に笑顔を見せるシーンもあり、その明るい笑顔にドキッとする。
地下牢にいる最後のシーンでも、彼女は時として、笑顔で歌いあげた。
これでようやく苦しみから逃れられる、という意味だろうか。

今回は、36年ぶりのアイーダの新演出。
舞台のスタートは、なんと通常の古代エジプトではなかった。
現代でエジプト遺跡内を探索している、一人の考古学者の男性にスポットが当てられたのだ。
彼が床に置かれた一本のナイフ(それは豪華な財宝で装飾されている)を見つけ、私達を古代エジプトへと誘う。
その後も、現代と古代エジプトが混じり合い、二つの世界が同時に進行していく。
黒い緞帳をプロジェクトマッピングのようにして、映像を映し出すシーンもあった。

私は第1幕、神殿で創造主プタハの神に祈りを捧げるメロディーが、神秘的でとても好き。
ふと、頭の中で流れてしまうメロディーの一つだ。
そして第2幕、戦勝したラダメスがエジプトに帰還する場面。
高らかなアイーダトランペットの音で、凱旋行進曲が奏でられる。

通常はその名の通り凱旋のシーンだが、新演出では現代のシーンが重なり、発掘された財宝が次々に運び出されて行く。
(動画は2012年METのアイーダ)
その後のバレエシーンも、見どころの一つ。
私がこれまでに見てきたものは、女性バレエダンサーが軽快に踊るものだったが、新演出は男性だけの力強く激しい踊りで、とても引き寄せられた。

第3幕のアイーダとラダメスの二重唱もまた、聴き惚れてしまった。
祖国を裏切ることはできない、しかし愛するアイーダを前に、葛藤するラダメス。
第4幕は特に印象的で、アムネリスが舞台を大いに盛り上げる。
美しいユディット・クタージが、恋に苦しみ、悲しみ、それが憎しみに変わっていく様子を演じる姿に、グイグイと惹き寄せられた。
アイーダの純粋さとは真逆に、ドロドロとした憎しみを煮えたぎらせるアムネリス。
このコントラストを、歌手、音楽、そして演出が見事に表現していた。
富と権力、そして美貌をも持つアムネリス。
しかし、ただ一つ手に入らないものがある。
それは、愛する人、ラダメス。
ようやく自分のものになったのに、それが全て覆されてしまう。
愛する人の口から、別の人を愛していると聞くことは、どんなに辛いだろう。
ユディット・クタージは役を演じているというより、彼女そのものがアムネリス自身に見えてしまった。
アムネリスのシーンで涙が出てしまったのは、今回が初めてだ。
悪役というだけではなく、彼女もまた深い悲しみを抱えている。

最後のシーン。
地下牢の表現は、なかなか難しい。
新演出はそれを見事にやってのけていて、誰が見ても明確に分かる表現に感心してしまった。
まずは地下への扉が開かれ、ラダメスがゆっくりと階段を降り、地下へ消える。
その後、舞台全体が上昇していき、地上と地下が上下で分割された舞台が、目の前に現れるのだ。
豪華な衣装も、このような大がかりな舞台装置も、さすがグランド・オペラだと感激してしまう。
ヴェルディのオペラは何度見ても同じ場所で泣いてしまうポイントがあり、アイーダではこのシーンがそれだ。
また、今までの演出では、アムネリスがラダメスの安らかなる死を願い、Pace(平和)という言葉が繰り返されて、最後の幕が降りる。
しかし新演出では、床に置かれたナイフから始まり、最後もこのナイフで終わるのだ。
アムネリスは地下牢の上に座り、両手でナイフを掲げている。
それを床に置くことで、冒頭のシーンに繋がるのかと思いきや、最後に驚くべき展開が待っていた。
Paceと繰り返した後、彼女は突然ナイフを自分の胸に突き立てたのだ。
驚いて、あっ!と声が出てしまった。
いつも、アイーダの鑑賞後に考えていた事があった。
アムネリスはこの後どうなるのだろう、悲しみに暮れラダメスを追ってしまうのではないか、と。
しかし、まさか演出に組み込まれるとは!
彼女が死を選ぶことをヴェルディがどう思うかは分からないが、とにかく斬新だ。
祖国への思い、父への思い、愛する人への思い。
救いのようのない悲しみの物語は、美しいメロディーと共に多くの人の心に届き、こうして長きに渡り演奏され続けてきたのだろう。
映画館の大きなスクリーンと音は、大迫力。
METまで行かなくとも、高額なチケットを入手しなくとも、ライブの感動を味わえるなんて、本当にありがたいことだ。
大掛かりな舞台セットも、美しい衣装も、歌手の表情も、会場の盛り上がりも、カメラワークのお陰で、映画館にいながら楽しむことができた。

さて、私は今までドイツ語を学んできたわけだが、イタリアオペラを観る時には少しばかり後悔してしまう。
もしイタリア語を学んでいたら、この美しいメロディーに乗せられた言葉を、日本語やドイツ語の字幕無しで、ダイレクトに理解する事ができたのにと。
ドイツオペラも人気があることは分かっているが、軽やかなイタリア語の響きは魅力的すぎるのだ。
さぁ、今からでも遅くはない。
今日の私が、これからの人生で一番若い私なのだから!
2025年は、まだ始まったばかり。
今年はイタリア語を少し学んでみようかなと、そんな事を考えながら家路についた私だった。
※記事内の上映シーンの写真は、METのHPとワシントンポストからのものです。
******
調べたところ、私が見た日の公演は収録されており、日本では2月28日から松竹系の映画館で数回上映されるようです。
ご興味のあるかたは是非こちらで!