原田マハ 「美しき愚かものたちのタブロー」 2019 小説
松方コレクションをご存知ですか?
「本物の西洋美術を見たことがない日本の若者のために日本に美術館を作りたい」
と川崎造船所社長だった松方幸次郎氏が、第一次世界大戦中からヨーロッパで個人で買い集めたコレクションです。
(今回いろいろ検索し、松方幸次郎さんのお写真拝見しましたが、優しさ、大きさを感じました。)
個人で短期間に大量の傑作を買い集めただけではなく、その後このコレクションは数奇な運命をたどったことも含めて、松方コレクションと呼ばれます。
細かいことは資料や小説に譲ります。でもざっくりとだけ書かせていただきます。
数奇な運命をたどった松方コレクション
第2次世界大戦中、松方コレクションの多くがフランスで保管されていました。
そして敗戦後、これらはフランス政府の国有財産となります。
講和条約がなり日本国が主権を取り戻したことで交渉の端緒が生まれます。
松方幸次郎氏の思い、松方幸次郎氏への思いを胸に秘めた人たち。
吉田茂首相もそのひとりですが、吉田首相の外交手腕にも驚かされます。
「フランスには当然数え切れないほどの美術品があるわけですから、<松方コレクション>がこのさきフランスにあっても、またなくても、ほとんど影響はないはずです。しかし、それがもし、日本にあったなら、どれほど大きな影響を日本人に与えることでしょう。
日本人はフランス美術をこよなく愛しているにもかかわらず、ほとんどの国民がほんものを見たことがないのです。 (中略)
もしもいっそのこと、フランスが<松方コレクション>を日本に贈ってくれたならば、日本国民はどれほど喜び、また励まされるでしょう。そしてフランスに感謝することでしょう。
そしてもし、それを基に美術館を開設することができたならば、我が国におけるフランス文化の有力な宣伝になるはずです。(中略)
いかがでしょうか。この提案、受け入れていただけませんかー。」
原田マハ 「美しき愚かものたちのタブロー」より
幾多の交渉のあと、フランスからの寄贈という形で松方コレクションが日本へ返還されます。フランス側は寄贈、日本は個人資産の返還。そこで「寄贈返還」という造語が使われています。
東京上野にある国立西洋美術館
東京上野にある国立西洋美術館は、松方コレクション寄贈のフランス側の条件として、そして松方幸三郎氏の意志を受け取った人たち、松方幸三郎氏と同じく本物の西洋美術を日本の国民に見せたい、美術館が必要なのだと考え続けた人たちの思いが結実したものです。
「寄贈返還」の対象から外されたタブロー
最初の交渉の段階で、フランス側は21作品(小説上、当時未発見の1点も含めて)をフランス国内に留めおくものと指定しました。
当時美術アドバイザーとして松方幸次郎氏に同伴した田代雄一(実在のモデルは矢代幸雄)は、せめて後3点寄贈返還の対象にしてほしいと交渉しました。
モネ 「睡蓮、柳の反映」
ゴッホ 「アルルの寝室」
ルノワール 「アルジェリア風のパリの女たち」
「アルジェリア風のパリの女たち」のみ寄贈返還リストに追加されました。
ゴッホ「アルルの寝室」 フランス オルセー美術館収蔵
モネ 「睡蓮、柳の反映」
モネ 「睡蓮、柳の反映」は、当時フランス政府も所在を知らず、2016年に破損された状態で国立西洋美術館に寄贈収蔵されました。
かなり破損していて現存している部分のみ修復されています。
そして2019年の「松方コレクション展」で初展示されました。
国立西洋美術館開館60周年記念 松方コレクション展
2019年6月11日(火)〜9月23日(月・祝)まで、東京・上野の国立西洋美術館で「松方コレクション展」が開催されました。
このとき、寄贈返還されたたくさんの作品とともに、モネ「睡蓮、柳の反映」と、フランスオルセー美術館収蔵のゴッホ「アルルの寝室」を観ることができました。
モネ「睡蓮、柳の反映」は破損がひどく、現存している部分のみ修復されました。
その現存修復した作品とは別に、もう1点モネ「睡蓮、柳の反映」が公開されました。修復できないほど破損した作品を、残された白黒写真を元に、モネの作品を学習したAIに色彩推定させてデジタル復元されたものです。
2019年の国立西洋美術館の「松方コレクション展」、私も行きました。
モネから松方幸次郎氏が直接購入し、国立西洋美術館に最初から収蔵されていた「睡蓮」。今回も1枚目に展示されていました。(私は、「睡蓮、柳の反映」やデジタル推定復元より、こちらの「睡蓮」が好きです。)
松方幸次郎氏とそれぞれの美術アドバイザーが購入するのを自分も後ろから眺めているような、また戦争下、作品を守った日置氏に想いを馳せ息が詰まったり(小説でも、日置氏の章、一気に読みました)、タイムスリップしているような時間を過ごしました。
そして、この「松方コレクション展」のタイミングで原田マハさんの小説「美しき愚かものたちのタブロー」が出版されました。
こちらの小説で、さらに美術品を収集していた当時のことや、返還の舞台裏を知ることができました。
原田マハさんの小説、たくさんご紹介したいものがあります。ご自身のキューレター経験を生かして書かれた美術を題材にされた小説も圧巻ですし、旅を題材にしたやわらかい小説も好きです。
サムネの画像、ゴッホ「アルルの寝室」は、パブリックドメインのもの (CC0ライセンス) をマガジンに収録されているミクジさんにご協力いただきお借りいたしました。
ミクジさんのお写真も素敵なので、ぜひご覧ください。