ある日、老作家のもとに読者から聖母マリアの不思議のメダイが届いた
初夏の薫りが巷に溢れるよく晴れた日の午後、六十三歳になる作家のもとに出版社から一通の封筒が届いた。ノンフィクション作家であり、建築設備会社の経営者でもある彼はここ数年、書き下ろしの新作を出版していない。最後のベストセラーは三年前に遡る。封筒の送り主である大手出版社K社の担当編集者とも、久しく会っていなかった。
なんの用だろう。過去の著作の増刷か文庫本化の決定通知ならありがたいと、老作家は思った。少し厚みのある封筒を目の前に、根拠のない淡い期待を抱くほど、会社の経営状態が悪化