イエスとマリアの絆
「わたしたちは
遥かなる時空を超え
いまだに哀しみと
愛を求めあっています」
なにかがはじまる。真中にはその予感があった。イエスはやがて悦びを表現するようになり、生母マリアに向かってなにかを訴えているのがわかった。
「わたしは我が子を
神の子として育み
辛く悲しいその想いに
今も苦しんでいます」
その姿になってから半月後。第五の驚くべき奇跡は起きた。
よく晴れた夜空に満月が浮かび、
鮮やかな赤みを帯びて、橙色に輝いていた。
時間は深夜の一時すぎ。
橙色の丸い月はおりしも西北にあり、真中は今夜の月がこんな色なのだろうと首をひねっていた。
そこに、あのイエスの姿が影になって浮かびあがった。鮮やかな橙色の月をバックにしたその姿は実に幻想的で、とてもこの世の出来事とは思えないほど見事な演出だった。
真中は茫然として見惚れ、その神秘的で愛に満ちた光景の前に声もなく立ちすくんでいた。
なぜ、マリアはあのようなシーンを見せたのだろう。母と子の間にある普遍的な切々たる愛情と想いの交流に、真中はひどく感動していた。そして、毛嫌いする十字架に磔にされた彼の苦痛に満ちた表情と、痛ましく残酷な姿からくる悪印象を薄めてくれたことは確かだった。
「彼はもう二度と
あなたに現れることはなく
永遠の想いだけが
わたしたちの心に残るのです」
彼女の予言通りだった。
翌日、樹の上にあったイエスの姿は崩れ、枝葉はそれらしい形をいっさい留めていなかった。一夜で、跡形もなく消えてしまったのである。強い風も吹かなかったし、葉が落ちる季節でもなかった。以来、あの木の先端にある枝葉が、イエスの姿に変わる気配を見せたことは一度もなかった。
イエスとマリアの関係、マリアがイエスに果たした役割についての真実を知り、真中は本格的な執筆活動に取りかかった。