世にも奇妙な ··· 怖い話
昔の友人と会うことになった。
「ひでさん」という年の近い友人で、もう随分前に当時流行っていたSNSで知り合ったのがきっかけだった。確か「就活に苦戦してる人」みたいなコミュニティだったと思う。
少しメッセージを交わした後に意気投合し、定期的に会うようになった仲だ。
つい最近、スマホで使わなくなったアプリを整理している時ふと「そういえば」と思い、何年も開いていなかったSNSサイトをおそるおそる覗いてみた。
自分のページに進むと数十通の「初めまして」というタイトルのメッセージが届いていて驚いた。
数年単位で放置しているとこんなことになるのかと思ったがすぐに「そりゃそうか」と納得した。
メッセージの名前の欄に一通り目を通していると、見覚えのあるハンドルネームが目に止まった。
よく見るとタイトルが「初めまして」ではなく「こんにちは」になっている。名前欄に「ひで」とある。
ピンときた。
もう10年くらい会っていなかったので忘れていたが、あの時のひでさんだ。
少し迷ったが、連絡を取りたい思いが勝り、すぐにメッセージを返すとしばらくして返信が返ってきた。
「よかったらラインでやり取りしませんか?」
数日、ラインでのやり取りが始まり、お互いの近況報告などをした。どうやらひでさんは自分なりにやりがいを感じられる仕事に就けたらしい。
苦労していた時期を知っていたので、自分ごとのようにうれしい気持ちになった。もっと話したい。
どちらともなく誘い合い、トントン拍子で会うことになった。
待ち合わせはとある都会の駅前の喫茶店。
私は電車に遅れてしまいその旨を連絡すると、「先に店に入っておきます」と返事が来た。
何せ約10年も会っていなかったので顔を覚えている自信さえない。見つけられるか不安に思いながらも返事をし、店に着いた。
平日にもかかわらず大勢の客で広い店内の席は全て埋まっていた。その席の間をゆっくり慎重に歩き、周囲に怪しまれない程度に首を左右に振り、一人一人の顔を確かめていく。
やはり分からない。それっぽい人はいたが全く自信がなく仕方なしに電話をかけると、「入口の席に座っています」と返ってきた。
いよいよ対面だ、そう思うと緊張してきた。
入口付近へ歩いていくと、「○○さんですか?」と声をかけられた。
ついにこの瞬間が来た。
振り向くとすっかり白髪が増えて年齢の割には少し老け込んだ様子の「ひでさん」がいた。
「どうも、ひでです」
と立ち上がりおもむろに下げた頭のてっぺんの髪が薄くなっていた。会っていない間にひでさんも苦労をしてきたんだな。そう思うと胸に熱いものが込み上げてきた。
「資格の勉強は続いてるんですか?」
とひでさん。そういえば10年前もそんな話をしていた覚えがある。
「今は残念ながら続いていないんです」
と答えると、ひでさんは「なかなか難しいですよね」と微笑んだ。
人の笑顔というものは意外といつまでも覚えていることが多い。思い出は美化されていくから笑顔の姿だけが強く胸に印象を残し続けるのかもしれない。
ところがこの時のひでさんの笑顔を見た時、なぜか懐かしい感じがしなかった。初めてほんの少し「おや?」と思った。
ひでさんの笑顔はなぜか懐かしく感じなかった。
雰囲気が変わったからなのか、それとも僕の記憶が薄れすぎているからなのだろうか。
まあいい、話しているうちに共通の話題を思い出し、当時の感覚が戻ってくることだろう。
久しぶりの再会なのだ。何もそう焦ることはない。
ひでさんは椅子に深く腰掛けながら、現在の仕事の話をしてくれた。
「長らく設備関係の仕事をしていたんですが、最近はフリーランスで長年やりたかったイラストレーターの仕事をしています。大変なことも多いですけどね。」
そう話す表情には充実した日々を過ごしている自信のようなものがみなぎっていた。
なるほど、ひでさんは自分の力で道を切り開いてきたのだな。やっぱり尊敬に値する人だ。
ただ、イラスト関係の仕事に興味があるとかそうした専門学校に通っていたという話は昔していただろうか?途中でやりたいと思うようになったのだろうか。
「フリーランスで仕事ができるってかっこいいですよね。学生時代からそうした勉強はされていたんですか?」
何気なく相づちを打つふりをして探りを入れてみる。
「そうですね、あの頃は大変でした。」
あの頃って何のことだろう。そんな「あの頃」の話は当時のひでさんからは聞いたことがない。
当時のひでさんとは何でも包み隠さず話せる仲だっただけに僕の頭は混乱し始めた。
このもやもやした気持ちは何だろう。
会えばきっと積もる話で話が膨らみ、再びお互いに懐かしさを感じることができると思っていたが、それがほとんどない。
何というか、あまり居心地がよくないのだ。
ここで初めて「もしや ?」という言葉が脳裏にうかんできた。
いや、そんなはずはない。
当時ともにやっていたSNSでメッセージを交わし名前も「ひでさん」。私が昔、資格の勉強をしていたことまで知っていたのだ。
何か確かめる方法はないか。そうだ、1つだけはっきり覚えていたことがある。当時ひでさんは京都に住んでいた。
ひとしきり会話をした後、帰り際、勇気を振り絞って私は渾身の質問をした。
「ひでさんはどこにお住まいなんですか?」
「滋賀ですよ。」
「最近引っ越されたとかですか?」
「いや、幼い頃から生まれも育ちも滋賀で今も実家暮らしです」
「そうなんですね、今日はありがとうございました。また機会があれば会いましょう。それではお気をつけて」
「え、誰 !!??」
もしかして全然知らない人と喋っていたのか。
いやいや、さすがにそれはないだろう。
自分に必死に言い聞かせるもののそれ以外の可能性が全く思い浮かばない。
白髪の多い髪、どう見ても同い年だったひでさんより10才以上老け込んで見えた容姿、笑顔を見ても懐かしさを感じなかったこと。
え、こんなことってある··· !?
どうりで終始しっくりこなかったわけだ。
全身に鳥肌が立った。自分は全く知らない人とラインをし、全く知らない人と喫茶店で話していたのか。何という恐ろしい話だろう。
社交辞令で再び会う約束をしたが残念ながらおそらくもう会うことはない。
嘘のような話だが「ひでさん違い」だったのだ。
僕が「ひでさん」と思っていた人は全くの別人だったのだ。資格の勉強をしていたことも、言われると随分昔にひでさんと知り合った当時のSNSのプロフィール欄に一時期書いていた時があったのかもしれない。
もらったメッセージのタイトルが「初めまして」ではなく「こんにちは」となっていたことや、そのメッセージが当時知り合った時と全く同じコミュニティからのものだったことなどから、完全に本物のひでさんと思い込んでいた。こちらの一方的な勘違いだったのである。
あれ以来、新しく知り合った「ひでさん」とは会っていない。連絡を取り合うこともなくなった。
ネット社会とは想像以上に恐ろしいものだと痛感させられたレア体験であったとともに、逆に僕が知っている「本物のひでさん」は今どこで何をしているのだろうとなぜか無性に気になって仕方がない今日この頃なのである。