2人の門出 # 青ブラ文学部
「何お祈りしたの ? 」
「『今年もよろしくお願いします』。それだけだよ」
「にしては随分長かったね。秘密ってことね(笑)」
「こういうことは人に言うもんじゃないんだよ」
2人は静かに境内を降りて、神社の出口へと歩いて行く。辺りはいつしか人混みもまばらになり、薄暗くなっていた。静寂の中に初雪の積もった落ち葉を交互に踏みしめる音だけが響く。
「で、結局、何をお祈りしたの ? 笑」
「まだ聞いてくるんだ(笑)まぁいいか。2つあってね。1つは春からのこと。もう1つは言えない」
いつになく真剣な眼差しで答える幼馴染の表情がやけに大人っぽく見える。いつの間にこんなに大人になったんだろう。ついこないだまで会う度に冗談ばっかり言い合ってたのに。
「そっか、私たち春から社会人になるんだもんね。楽しかった高校生活があと3ヶ月で終わるなんて、何だか信じられないね。亮くんは消防士だから大変そうだね。就職したら私たちもこんな風にして一緒に初詣に行ったり、会ったりすることもなくなるよね···」
「まぁそうだよな。今まで『学生です』って言ってたらだいたい何でも許されてたけど、社会人になったらそうもいかないんだろうな。大人になるって何なんだろうな」
「そこまで考えたことないかも。でも例えば物覚えがよくて何でも自分でできて、人様に迷惑をかけなくなることとか、そんなのじゃない気はする」
「陽菜らしいな。俺もそう思う。幼稚園の頃にさ、先生に『将来どんな大人になりたい ? 』って聞かれた時のこと覚えてる ? 」
「あったあった ! でも何て答えたかな」
「陽菜、面白いこと言ってたんだよ。普通、職業とか憧れのキャラクターとかさ、そんなの言うじゃん。でも陽菜は『ママみたいな優しい大人になりたい』って言ったんだ」
「全然覚えてないけど···それで ? 」
「俺さ、何かめっちゃいいなって思ったんだよ。どんな仕事もその職業に就くために最低限スキルが必要だし、就いてからも(できる、できない)で評価されちゃうわけじゃん。でも優しい大人になるって、意識さえすればみんな目指せるし、年齢を重ねるごとに優しさが増していく社会があったらすごくいいなって思ってさ」
「俺、消防士になるって決めたのも陽菜のその言葉を覚えてたからなんだ。大学には行けないからあの時言った医者になるって夢は無理だけど、消防士なら目指せると思って。消防士ってさ、仕事ができるできないとかじゃなくて、何かあったら危険な人を助けるために必死に動く仕事でさ、そこにあるのって純粋に『人を助けたい』っていう気持ちじゃん。俺、そういう仕事がしたいって思えたんだよね」
「亮くん、そこまでしっかり考えてたんだね。私の言葉があったからって···何かありがとう」
「でもね、実は私も亮くんの『お医者さんになってたくさんの人を助けたい』っていう言葉はすごく頭に残っててね。私も人を笑顔にできる仕事がしたいって思って和菓子屋さんで働くことに決めたんだ。何にも考えずに決めたんじゃないんだよ(笑)」
「そうだったんだ···」
そうだよ。私だってたぶんあなたが思ってる以上に大人になったんだよ。
「私ね、ここまで来れたのっていつも近くに亮くんがいてくれたおかげだと思ってる」
「俺も、陽菜がいてくれたからここまでがんばって来れたと思ってるよ」
···。
こういう時、何て返したらいいんだろ。
うれしいけど気まずいようなこんな空気、初めてだ。
「何か、お互いちょっと照れるよね···」
「私、こういう沈黙苦手なんだよね(笑)何か面白いことでも言ってよ」
「無茶ぶりだなぁ、急には思いつかないよ(笑)」
「じゃあこんなのはどう ? 」
「風が〜冷たくなって 冬の香りがした〜···♫、あ、違った。冬の〜匂いがした〜···♫」
「え、急に歌 ? しかも何の歌 ? 」
「サビ、聞いたことあると思うよ。中島美嘉の『雪の華』」
「ちょっと待ってね、スマホで調べてみるよ」
「···陽菜、俺、今、2つ目の願いも叶ったかもしれない。就職してもこうやって一緒にいてくれるか ? 」
「いいよ ! ずっと一緒だよ ! 」
「陽菜のことがずっと好きだった。ありがとう」
「うん」
「俺たちさ、これから社会人になって大人になって、辛いことも苦しいことも色々あると思うんだ」
「うん」
「でもその都度2人で乗り越えていこうな。まずはこの春、思い切ってお互い大人としての第一歩を踏み出そう。向かい風を頬に感じたら、それはいつだって前に進んでる証なんだからな ! 」
「うん ! 」
(完)