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【 エッセイ 】 部活動における精神論



いよいよ本格的な寒波が訪れようとしている。

底冷えするような寒さのこの時期になると学生時代の部活動を思い出す。

私は小学校から高校までサッカーをしていた。
高校野球に代表されるように野球が夏に盛り上がるスポーツだとすれば、サッカーは冬に盛んなスポーツと言えるかもしれない。冬には全国選手権大会を始めとした多くの大会があり、各校とも練習にいっそう身が入る。それぞれ持てる力を存分に発揮してしのぎを削る時期なのだ。

ちなみにお正月には「初日の出」「初詣」「初売り」など「初」のつく言葉が多いが、サッカーにおいても「初蹴り」という言葉がある。これも冬のスポーツと言われる一つの象徴なのかもしれない。

私の通っていた高校のサッカー部はとりわけ練習が過酷だった。平日の放課後は近くにある山の登山道を猛スピードで登り下りし、休日は練習前の5キロのランニングに始まり練習終わりの広いグラウンドの外周を走るリレー競走に至るまで、徹底的に体をいじめ抜く。冬休みも元旦の1日だけであった。

いくら若い高校生といえども体が限界に達し、怪我をする部員も出てくる。練習中に相手とぶつかって倒されることも日常茶飯事で、腰、太腿、足首など、色々な箇所が痛み出す。中には骨折をした部員もいたほどであった。

ある時、練習中に怪我をする部員が例年以上に続出した時期があった。毎日、何割かの部員が練習を欠席するようになり、部としての活動に支障を来すまでになった。

こうした状況にはさすがに部長も頭を悩ませていたが、顧問の指示は明快だった。

「明日の放課後、全員柔道着を来て柔道場の前に集合するように。」

思いもよらない指示に皆が顔を見合わせた。
どういう意図なのだろう。怪我と何の関係があるのだろうと全員が戸惑い、疑問を感じつつも、顧問の指示は絶対である。翌日の放課後、部員全員が柔道場の前に集合した。

顧問は開口一番、

「お前たちに怪我が多いのは『こけ方(相手と接触した際の倒れ方)』が悪いからや。今日は柔道部に思い切り投げてもらって、こけ方を鍛えてこい。」

と言い放った。

荒療治中の荒療治である。もはや精神論以外のなにものでもないではないか。こけ方が悪いから怪我が多いというのは、それまでの人生において聞いたことがない発想であった。ただでさえ満身創痍の体に鞭打つことが危険な状態なのに柔道部と練習をするなんて、今の時代では立派な体罰になっていたかもしれない。

私はこの時、初めて「自分はとんでもない所に身をおいてしまったかもしれない」と痛感した。時すでに遅しである。

柔道場に入ると既に体格のいい10人ほどの柔道部員が横一列に並んで立っていた。柔道部の顧問まで並んでいるではないか。
一人の柔道部員につきサッカー部員が5人ほどずつ、その部員の前に縦に並んでいく。柔道場は人で埋め尽くされた。一通り指示を受け、「練習」が始まった。

柔道部員の前に並んだ5人ほどのサッカー部員の先頭の者が「よろしくお願いします !」と言って柔道部員と型を組む。次の瞬間、サッカー部員の体が宙に舞ったかと思うと、凄まじい音を立てて畳に叩きつけられた。目がついていかないほど一瞬のことだった。

すぐに次のサッカー部員がまた「よろしくお願いします !」と言って一方的に投げられ必死に受け身を取る。これが5人ローテーションで延々と繰り返される練習である。

3番目だった私は足が震えてきた。戦うのではない。一方的にやられるのだ。いたるところに響き渡る畳を叩く音に恐怖を隠しきれない。

私の番が来た。相手はこちらの様子など全く見ていない。挨拶をすると勢いよくそのたくましく太い手を襟元へ伸ばしてきた。反射的に抵抗を試みようとした瞬間、体ごと叩きつけられた。体が浮いたのも分からなかった。畳がコンクリートの地面に思えるほど、硬い衝撃と痛みが全身を襲った。すぐに立てないでいると、「早く下がれ !」と後の者から怒声を向けられた。

まさに地獄絵図である。周囲を見渡すと皆、痛みに顔を歪ませながらひたすらに投げられ続けている。その光景にいっそうの恐怖を覚えた。

2時間ほど投げ続けられた後、「全員やめ !」というサッカー部顧問の声がした。悪夢のような時間がようやく終わったのだ。

「これでもう大丈夫だな。明日からは通常の練習に戻すからいつも通りグラウンドに集合するように」

と顧問から指示を受けた私たちは、その多くの者がその場にへたばり込んで動くことさえできなかった。

この話にはオチがある。

翌日グラウンドに集まった部員のほとんどが首の「むち打ち」で練習を休んだのである。
怪我を防ぐために行った練習が新たな怪我を生んだ。それも以前よりもはるかに多い数で。

あの練習はいったい何だったのか。
今でこそ仲間内でお決まりの笑い話となったが、何とも呆れるような結末であった。



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虎吉
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