【 エッセイ 】 残念な父
子どもの頃、夢中で集めていたものがあった。
お菓子「チョコボール」についている「金のエンゼル」、「銀のエンゼル」である。金なら1枚、銀なら5枚集めるとキョロちゃん関連グッズの入った「おもちゃの缶詰め」がもらえる。これがどうしても欲しくてよく地元のスーパーへ行ってはチョコボールを買ったものだ。
当時、おもちゃの缶詰にはぬいぐるみや文房具などが入っていたが、今は中身もかなり進化して、プログラミング機能が内蔵された「歌うキョロちゃん」なるものが入っているというから驚きだ。時代の変化が感じられる。
そのおもちゃの缶詰めを当時小学生だった私以上に欲しがったのが父だった。父はなぜかキョロちゃんがとても好きで、よく私と競うようにチョコボールのエンゼルマークを集めていた。その父に時折、私がエンゼルマークをあげると、
「ほんまにこんなええもんもらってええんか!?」
と子どものように目を輝かせて喜ぶのであった。よほどうれしかったのだろう。
そんなある日、私があげたキョロちゃんのお返しなのか、あるいは関係ないのかは分からないが、父が仕事帰りに私と母に珍しくお土産を買って帰ってきた。
ゴミ袋のような大きな袋を担いでリビングに入ってきた父は、
「ええもん買ってきたで」
と言ってその袋をドサッと床に置いた。
いったい何だろうと不思議そうに袋に近寄る私と母に向かって父は、
「これは靴や。みんな欲しかったやろ。安なってたから仕事帰りに買ってきたんや」
と言って袋の口を開けてみせた。
ゴミ袋のような外見とは違った、そこそこ綺麗な靴がぎっしりと詰まっている。ほとんどが小学生が学校で履いていけそうな大きさとデザインの靴だ。これはありがたい。当時、なかなか靴を買ってもらえなかった私は父の優しさと気前のよさに感動した。
父はその中から自分のお気に入りの靴を1足確保した後、
「ようけあるから好きなん取ってええで。全部やるわ」
と言って中を見せてくれた。横で見ていた母も、
「よかったやんか。こんな機会めったにないから欲しいもん全部もらっとき」
としきりに勧めてくる。
デザインはどれも悪くない。よく見ると中古っぽいが子どもの私にはそこまで気にならない。
「よし、これとこれにする !」
と言っていくつかもらい、すぐに履いてみることにした。わくわくした気持ちで片足ずつ履いていく。意外とサイズもピッタリだ。そう思ってもう片方の足を靴に入れた時、予想外の違和感があった。きつい。靴紐を目一杯緩めて履いてみてもやはりきつい。
「何かこの靴ちょっときつくない?こういうつくりなんかな?」
と父に聞くと、
「ああ、言い忘れたけどこれ全部左右でサイズがちゃうねん、だから破格で買えてん。どれも1足100円以下やってんで」
という自信満々の言葉が返ってきた。
私は耳を疑った。左右でサイズ違いだったらそもそも靴としての機能を果たせないじゃないか。
「え、何で買ってきたん?」
と聞くと、
「そら、安かったからや」
とニタニタ満足そうに答える父のセンスと金銭感覚を心底疑った。「安かろう悪かろう」という言葉をこの人は知らないのだろうか、、、。
仕事帰りに買ったと言っていたがいったいどこにこんなものを大量に売っている店があったのだろう。靴というものは同じサイズの2足が1対で売られているので、売れ残りが出たとしてもこんなサイズ違いのものが溢れ返ることはないはずなのだが。中古品というところでよけに引っかかる。個人でやっている怪しげなフリーマーケットのようなところだろうか。
迷ったあげく、ではなく迷うまでもなく、
「ちょっとどれもいらんわ」
と父に言った。それなりに残念な顔をするのかと思いきや、
「どういうことや、人がせっかく喜ぶと思って買ってきたものを !」
と憤慨し始めた。助けを求めるように母を見ると、
「ほんまにそうやで。そういう態度はないやろ !お母さんも2足もらってんで、どれもかっこいい靴やないの !」
と一緒になって責めてきた。
絶望、理不尽、親ガチャ、、、。
何て家に生まれてしまったのだろう。
結局、さんざん怒られたあげく1足だけもらうことで和解が成立したが、もちろんその日のうちに住んでいたマンションのゴミ置き場に直行して大事に成仏させてもらった。
翌朝、歯を磨きに洗面所へ向かうと、玄関のところに父の姿が見えた。
「ほな、行ってくるわ」
そういう父親の足下を見ると昨日買ってきた「例の靴」をちゃっかり履いていた。私はあえてそこには触れずに「じゃあ」と行って送り出す。去っていく後ろ姿に向かって私は祈った。
(もう二度とわけの分からないものを買って帰ってきませんように)
そうしてすぐに玄関の扉を締めたのだった。
そしてそれ以来、父は仕事帰りにはチョコボール以外、何も買って帰って来なくなった。
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