小説 『怒りにぶっかける発泡酒の苦さ』 ⑪ 夜中のコンビニまで
ショウくんは東京に行くんだって。
店長も私も捨てられるのかな。
でも、その方がいいかもしれない。店長に嫉妬しなくて済むし。うん。
もういっそ告白しようかな。ショウくん好きです。付き合ってください。って。
遠距離恋愛しませんか?別に東京でセフレ作ってもいいよ。私を捨てないでくれるなら。
でも、ショウくんがセフレ作るなら私も作るからね。同じだけあなたを裏切らないと精神が持たないから。
ショウくん
何ですのん
ショウくんはそう言ってから、運転席で伸びをしたため、私は彼がそうし終えるまで待つことにした。
(私、ショウくんのこと好きだよ)
(私、ショウくんのこと好きだよ)
(言え。言えよ私)
私、ショウくんのことがね、あのー
何ですのん、もじもじしちゃってさ
ダメだ、絶対バレてるのに、ショウくん余裕そうにふざけてる。これはフラれるのでは、と私は思い、しかしもう引き返せないところまで来ていることにも気づいた。まずい、どうやっても傷つくじゃん。
心が傷つくとさ、しばらく世界観地獄みたいになるから嫌なんだよね。
傷つくことを怖がるな、なんてさあれどんだけ体育会系な言葉なんだよ。
情けな、私。え、好きになったら私ってこんな雑魚くなるの?ウケる。
東京に遊びに行くついでになるから、セフレは続けようよ
リコが東京来てくれるならそれは大歓迎よ
遊びに行ったら家泊めてね
うん
東京とか、2回か、3回した行ったことないかも
いつ行ったやつ?
家族旅行で1回やろ、友達と1回、チームラボのあのキラキラの部屋入ってきた
あー、あれ行ったんや?どうやった?
ヤバいよ、異世界すぎる。雰囲気はもうユニバみたいな感じ。私お酒飲んでたからね、もう余計異世界だった
あれ、酒飲んでる人入れるんや
ショウくんはそう言って鼻で笑った。そのたまに出るニヒルな感じが好き。なんか、自信を感じるからエロい。自信があったらなんでエロいんだろ。あれかな、ある種、強さだからかな。強さが生命力で、生命力はエロか。じゃあ、ヤンキーがエロいのは、あれは強そうにしてるからか。生命力の現れがつっぱりか。じゃあ、生物的には結構いいことなんじゃないのグレるって。確かに、社会的にしか見てなかったわ、ヤンキーを。この、物事を考える角度の乏しさが人生を貧しくするんだきっと。ヤンキーの生命力の輝きを、傍目からは楽しめる人間でいたい。対峙はしたくない。怖いから。そこまでして、ヤンキーの生命力を味わいたくないわ。おとなしくヤンキー映画でも観ておきますよ、ええ。お酒飲みがならね。お酒飲みながら映画観たらあれ、埋没感上がるからな。せっかく観るならより、映画に入り込んでみたいじゃない。それをまた飲酒の言い訳にしてることを知っていながらも、私は、言い訳を両手にうやうやしく抱いてストロングゼロか、ハイボールか、ビールか、そういったものに手を伸ばす。自分で自分を誤魔化す術を私は長年かけて身につけてきた。とりあえずこれが最後、今日が最後にして明日からしばらく飲まないようにしよう。これは次の日も同じ、昨日の酔い方が甘くて、あれがフィナーレでは悔いが残ってしまうから、仕切り直して。って、またストロングゼロか、ハイボールか、自分で作るジントニックか。そう、私最近ジントニック作れるようになったよ、トニックウォーターっていう甘い水で割ったらええだけなんやで。
店長とは別れるん?
私は、一筋の光に気づいてそう聞いた。
あー、まあ多分そうなるかな。わからんけど。あの子も他に相手いるやろし
え、そうなん?それなら、そもそも店長のこと聞かなきゃ良かったかも。ショウくんは、映画学校卒業したらこっち帰ってくる?
さー、どうだろ。その辺の予定は未定や
私がショウくんから東京に行くという情報を聞いたからか、ショウくん自身が東京に行くと言ったからか、
彼の雰囲気がさきほどまでと違うことに気づいた。
つまり、その彼の変化は、私の中の認識の変化によるものなのか、彼自身の立ち振る舞いの変化によるものなのかわからなかった。
あー、なんかめんどくさくなってきた。コンビニ行こうよ、お酒飲みたい。
何がめんどくさいんよ?
もー、わかってるくせに。あなたもそこまでバカじゃないでしょ。私のこのモヤモヤを汲め
ショウくんは、お酒、お酒、とリズムに乗りながら私の文言を子供じみたやり方で無視して、車のエンジンをかけた。
車のヘッドライトが付いて、空港の滑走路と駐車場の間にある木でできた柵が照らし出された。視界の隅に、柵に取り付けられて、注意、と書かれた看板が見えたけど、何の注意喚起なのかまでは見えなかった。
車のライトで暗かった目の前が明るくなり、奥に広がる空港夜景の鮮度が落ちた。エンジンを止めた車の中から見る空港は生き物のように息をしていたけど、エンジンがかかった状態では、軽自動車の方が空港より心拍数が高いので、空港が止まって見える。
バイバイ空港。
次は誰と来るんだろう。もう来ないのかな。こんなに綺麗なのに勿体無いね。友達と来るのも変だしさ、一人で夜に来るのもなんか怖いし。アキトと来るのも何か違う。
ショウくんだから良いんだなきっと。この空港の雰囲気は半分はショウくんが隣にいることで出来ているんだ。世界って場所だけじゃなくて、人も世界なんだなと思っていると、横長の駐車場から私たちの乗った車が出る時に、巡回中のパトカーが目の前の道を通った。
うわ、パトカーじゃん。こんなとこまで来るんだね
ショウくんも私と同時に同じことを思ったらしく、そのまま口に出した。
してる最中に来たら、ジ・エンドだったじゃん
ほんとだな、ジ・エンドだ
野外でしてたら捕まるのかな?
私はそう言って、腕でお縄のポーズを作ってショウくんに見せた。
ショウくんはパトカーが十字路を曲がり見えなくなったのを確認してから、その後を追ってハンドルを切り、アクセルを踏み駐車場から出た。
野外って言っても自分の車の中だよ?車でするのって犯罪なの?
んー、どうだろ。あんまり良くはないでしょ。調べるのめんどいから調べないけど。でも、犯罪かどうかより、まずお巡りさんにしてるところ見られるのが無理
あ、待って、今のうちにチューしとこう
ショウくんはそう言って、車が前後から来てきていないことを確認すると、駐車場の前の道のど真ん中に車を停車させて、私の首の後ろに手を回して乱暴にキスしてきた。そうされても私は嬉しかったので、それに応えた。
なんか、今日のやりとりで大分優位に立たれてしまったなと思った。
ショウくん絶対調子に乗ってる。
でも、そうやって私に対して自信を持って接してくる彼は前よりセクシーだったので、そのキスは、これまでより私の脳内の快楽物質の量を増やした。
やばい、ショウくんかっこいい。
彼が首筋にちょっとだけつけてるスモーキーな香水も超いい。
まずい恋愛の始まり方だなこれ。
辛い恋愛でも、好きな人がいないよりマシなのかな。
空港から大通りに戻ってきて一番初めに見つけたコンビニにショウくんが車を停めた。
この深い時間帯の闇夜に浮かぶコンビニは相変わらず綺麗で、その光にときめいている私の目でショウくんを見ると、いつもより素敵に見えた。
車を降りると、コンビニ奥のドリンクコーナーにお酒がたくさん並んでいるのが見えて気が楽になった。