【詩】鏡

好き、好きだったんだよ、その記憶のなかだけで生きてゆけたなら、わたし、鏡なんて気にも留めずに済んだのに。わたしの世界にわたしなんて必要なくて、あなただけがわたしの目の前に佇んでいればそれでよくて、そうしてわたし自身があなたの鏡になる。姿形は違うけれど、あなたの仕草、表情、それから感情をどこまでも反映する。あなたが喜ぶとき、わたしも喜ぶこと。あなたが悲しむとき、わたしも悲しむこと。模倣して、模倣して、そんなわたしはきっとどこまでもあなたの鏡であり続けて、でも好きって、きっとこういうことなのでしょう?わたしにはあなたしかいなかったのに、今更自分を好きになれだなんて出来るわけない。自分を好きになれと言ってくる人は、暗に、目の前にある鏡を直視しろと言ってきているような気がして、わたしはそのひとたちの鏡を壊したくなる。きっとそのひとたちの鏡はガラスでできていて綺麗に割れる。ねえ、どうしてそんなにも自分に恋することができるの?
鏡に水をかけると、何とかわたしは鏡を見ることができるようになる。解像度が下がってようやく自分の姿を見ることができる。ああ、本当のところ、だからこそわたしはあなたを見ることができていたんだな。実は、水浸しの鏡みたいに、何も映っていなかったんだ、あなたの姿なんて。どこまでも何も見えていなかったんだなと振り返る洗面所、思い出も水浸しの鏡みたいだから愛すことができる。過去に生きることしかできなくて、自分を愛すことができなくて、わたしは、わたしがあなたならよかったと思った。

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