タタール人の砂漠 ディーノ・ブッツァーティ
Am 01. April
「まわりを回ってみたが、入り口が見当たらなかった。すっかり暗くなっていたのに、どの窓にも明かりは点っておらず、城壁の上には歩哨の松明もみえなかった。蝙蝠が一匹、白い雲を背に、揺らめくように飛んでいるだけだった。」
ブッツァーティ。
何度読んでも名前を覚えられないイタリア人。
もちろん聞いたこともないし、興味もなかったナゾのイタリア人。
それがぼくにとっての彼だった。
「ブックオフ行ったからね、これ、君、読みたまえね」
うちのヨアヒムは言ったさ。
「ええ〜、ヤダよこんなわけわからんヤツ、今はジャック・ロンドン気分でワイルド脳なのに。。。」
チェッ、けれどもぼくは読みましたさ、暇つぶしにね!他に読むものないしね、お金もないしね!
あああああ!
すいませんでしたあああ!
なんてこったの暇つぶしがあったもんだね、いや〜ブッツァーティさん、脱帽っすよ、イヤ、素晴らしッ!人生というやつを見事に書ききってますな!
やや!?
みなさんおっしゃるように、カフカの「城」ですかな?
あるいはだ、「魔の山」イタリア版ではあるまいか?
「君はだれかね」
「ドローゴ中尉であります」
けれども、この主人公のドローゴくん、Kよりも、ハンス・カストルプよりも悲惨だよ!
ああ、長いと思っていた時が超高速でブンブン逝く。
ああ、そうよ、これは「人生」を書いてるんだね。
時は疾走する、そこには何もない。。。それが人生ってやつだ。
こりゃああ、面白くなってきたあ!
そう、このかわいそうな主人公ジョバンニ・ドローゴくんはまだうら若き中尉だけれど、ポツンと孤立する「砦」勤務になっちまったよ、こんな何もない墓場みたいなとこはゴメンだよ、もう帰りたいよ!
何もない、何も起きない、けれど、規律正しくの軍隊生活、毎日毎日おんなじ事の繰り返し。
そして、みんな年をとる、そして、夢をみる。。。
きっとォ、いつかァ、タタール人がァ、攻めてくるんだァァァ。。。
あのタッっかいお山の向こうからヤツら来やがるにちげーねーだァ。
ヤヤ!遠くに黒いものがゆらめくであります!
。。。なあんだ、馬かァ。。。
そんな「砦」の奇妙な夢見心地に取り憑かれたドローゴくん、目も頭もぼんやりしつつ砂漠を見ている間に早、30年!
望遠鏡でもっと遠くまで見ちゃうぞー
ヤヤ!闇に光が見えるであります!
どでかい軍が道を作ってるにちげーねーだ!
キタキタキターーーーーー!
ついに奴らが来たよォォォーーーーー!!!
。。。あのね、ドローゴさん、悪いけど、君、顔黄色くなってるし、すっかり老いて使えないからおうち帰ってね、うん、もういいから、静かに寝てて。
そりゃあないよーーーーー!!!30年も待ったんですよォ!!!
イケメンのあいつは絵のように美しく死んだのに〜どうしてぼくには何も起こらないんだよ〜!
戦わせてよォ!お願いだよォ!なんかさせてよォ!
華々しく死なせてよォォォ!!!
カワイソウ。。。
そう、こんなのが人生ってもんだ。
ぼくは涙ぐんださ。
カフカの再来!と言われたんだかのブッツァーティ、ぼくはカフカも大好きだけど、合言葉は「不条理」。
ふ‐じょうり〔‐デウリ〕【不条理】
読み方:ふじょうり
[名・形動]
1 筋道が通らないこと。道理に合わないこと。また、そのさま。「―な話」
2 実存主義の用語。人生に何の意義も見だせない人間存在の絶望的状況。カミュの不条理の哲学によって知られる。ふ‐じょうり〔‐デウリ〕【不条理】
そう。
そりゃあないよお!って言いたくなるやつね。
こんなにぼくは若いのに!
こんなに毎日真面目にやってるのに!
こんなにたくさんの時間を費やしてるのに!
そう。
全てが無になっちまったような絶望感。
ナンノタメニ。。。
人間が考えがちの「生きる意味」、「人生のゴール」。
そんなものはナニモナイ。
時間は、ただ、流れてゆくだけ。
人間は、ただ、流されてゆくだけ。
そんなナニモナイの最たる小説!
カフカの「城」よりナニモナイ。
ひっでえなあ。
ドローゴくん、かわいそうだよ。
彼には何も起こらない、悲惨なほど何も起こらない、おじさんになっても。。。
沁みる!!!
何も起きない悲しさがクセになる白昼夢のような、あっという間の人生物語。
「時の遁走が、まるで魔法が破れたみたいに、止まったかに思えた。時の渦巻く流れが最近ではますます激しさを増していたのが、不意にぴたりと止まり、世界はすっかり力なく澱んで、時計だけがむなしく動いていた。」